この街のどこかで・・・
湘南チャンネル《デジタル002ch/アナログ2ch》
夜 11:45~
昼 2:30~ 放送中
5月放送 「Slow Step」 脚本
今年の春は肌寒いうちに終わってしまった気がする。
結局桜は、春らしい陽気にほとんど触れることなく散ってしまい、
同時に季節は春らしさを飛び越して、初夏の陽気に包まれようとしていた。
「ママ、早く」という娘の声にせかされて、私は洗濯物を急いで干し、
洗面所の鏡で簡単に自分の身だしなみを確認すると、玄関に向かった。
小さな娘は、幼稚園のバッグを肩にかけ、ちょこんと玄関に座りながら、
帽子がしっくり来ないらしく、何度もかぶり直している。
「ごめんごめん。行こう」と、私が言うと、娘は帽子のことはあきらめたようで、
不機嫌そうに、ガバっ!と変なかぶり方をした。
それを直して、私は娘の手をとると、家を出た。
幼稚園は歩いて5分ほどのところにあるので比較的近い。
私は土日を除いたほぼ毎日、娘を幼稚園の送迎をしていた。
娘が通う幼稚園は、園の方針で、バスでの送迎は無く、
保護者による送り迎えが原則となっていた。
お家から幼稚園の道すがら、親子のコミュニケーションをとることもできるし、
街角の移りゆく季節を感じたり、気が付くことで、子供の感受性を豊かに育てよう
という理由からだった。
私も幼稚園の頃は、母の自転車に乗って通っていたし、
行きや帰りにお花を摘んだりするのが好きだった思い出があったから、
娘をこの幼稚園に入れることに抵抗はなかった。
娘はタンポポの綿毛をふーっと息を吹きかけると、
「今日は幼稚園でお花を摘みに行くの」と嬉しそうに言った。
今日は園外保育があることは知らされていた。
幼稚園から歩いて数分の所に田んぼがあり、
レンゲ草が咲いているので、
土地の方の許可を頂いて、毎年、お花摘みをしていた。
幼稚園の恒例行事でもある。
「よかったね」と言いながら、娘の小さな背中を見つめた。
その小さな背中を見ると、最近、不意に私の中によぎる不安。
その不安は、まだ誰にも話したことはなかった。
3月に5才の誕生日を迎え、この春に年長になったばかりの娘は、
とても優しく、思いやりのある子だと、先生や他のお母さんからも評されている。
そういう意味では、とても順調に育ってくれていると思う。
それなのに、他に何が不安なのか?何が不満なのか?
私はいつも自分に問いかけては自己嫌悪に陥り、
「そんなこと・・・・」と言われるのが怖くて、
よぎってしまう気持ちを封印していた。
五月晴れの心地よい空の色。眩しいくらいの陽射しと心地よい風。
その中に包まれているというのに、私はどこか心の隅に、モヤモヤとした気持ちを
持ち続けている。
タイトルin「この街のどこかで・・・ Slow Step」
幼稚園に着くと、娘は真っ先に園舎の方へ走り、
先生達に朝の挨拶をした。
私は周囲のお母さんたちに挨拶しながら、
最終的に担任の先生や園長先生と挨拶を交わす。
ふと娘を見ると、すでにカバンを置いて、遊びモードに突入していた。
今日は昨日の続きのおままごとをやるようだった。
他の子供たちも率先して仲間に加わる。
そんな様子に、また、不安が甦った。
私の不安・・・・
それは、娘が周囲の子より成長が遅れているのではないかと思うことだった。
娘は他の子供たちより小さい。
そして、他の子達はできるようになっていることも、娘が出来ていないことが多々あった。
仲の良いお母さん達と話していると、子供が、あれができるようになった、
これができるようになったという話があるんだけど、
娘ができていないものが多いことに気づき、
私は内心、焦りを感じるようになっていた。
何で、うちの子はできないんだろうか???
それを考え出すと、夜も眠れないことがあった。
誰かに相談すればいいのに、やっぱり自分でも、「そんなことで」と思うところがあって、
一歩も出られず、ひとりで抱えて、思い悩んでしまう。
「先生、うちの子どうですか?まだひとりでできないことが多くて」
なんとなく、話の水を向けてみたけれど、
先生たちには「そんなことないわよ。大丈夫よ」と言われてしまい・・・・
そういうことじゃないんだけど・・・・。
でも、はっきり相談しない自分が悪いわけで・・・・家に帰ってくるとタメ息がでる。
気分転換というより、気分を紛らわすために、私は掃除を始めた。
その日の午後、幼稚園に娘を迎えに行くと、
園外保育で園に帰るのが少し遅かったらしく、お帰りの時間が伸びていた。
たまにあることなので、迎えに来た私達保護者は、
他のお母さんと話しながら子供たちが出てくるのを待っていた。
間もなくして、子供たちが「さよなら」の挨拶をして飛び出してくる。
そんな時、担任の先生が出てきて、あるお母さんと何やら嬉しそうに話をしている。
なんでも、最近、とてもきれいにお片付けをするとかで、
その子のお道具箱を開けて見せていた。
私もチラっとそれを見てみると、確かに、見事なまでに、きれいに整理されていた。
最近、家でもきちんと片付けられるようになったと、そのお母さんは自慢気に笑った。
それが、私の中に焼き付いてしまったんだと思う。
夕方、ご飯の支度をしている時、娘にそろそろ出しているおもちゃや絵本を
片付けるように言った。
最初は言うことをきかなかった娘だけど、二度言うと、渋々とそれに応じて片付ける。
それは、いつもの片付け方だった。
決められた箱に入れ、決められた本棚に戻し・・・・それでいいはずなのに、
今日の私は違っていた。
やっぱり、昼間のことが脳裏に焼き付いていて、
私は娘に、もっときれいに片付けろと言った。
困惑する娘に、私は苛立ちを隠そうとせず、
つい、「他の子はできるのに、どうしてあなたはできないの!」と怒ってしまったのだ。
娘は私の剣幕に驚いて、泣き出した。
私は泣く娘を放っておいて、夕食の準備を続けた。
その日、娘は夫から離れず、私と話そうとはしなかった。
その日だけではなかった。次の日も、翌日も。
三日目には、幼稚園の先生から、家で何かあったのかと訊ねられた。
なんでもここのところ、幼稚園で先生のもとから離れようとしないのだそうだ。
だから、お母さんと何かあったのではないかと先生同士で話していたいうのだ。
私は、片付けのことで厳しく怒ったことを告げた。
先生達は、事情がわかったので、もう少し様子を見ましょうと言ってくれた。
私の不安と悩みは、またひとつ増えていく。
それからというもの、娘との関係が、ぎくしゃくしているのを感じていた。
娘は口にこそ出さないが、私にまた怒られるのではないかという気持ちを持ち続けているのだろう。
夫が帰ってくると、すぐにその胸に飛込んでいった、今日あった出来事を、嬉々として
小さな体から溢れんばかりに話した。
私には、そういうこともなくなってしまったし。
幼稚園に向かう時も、私と手を繋ぐことがなく、
幼稚園に着けば一目散に教室へ消えていった。
私といえば、娘につい自分の気持ちをぶつけてしまったことへの自己嫌悪と、
どうしたらいいのかわからずにオロオロし、解決策も見いだせずにいる。
もう、私ひとりではどうすることもできないと思った。
だからとうとう、その夜私は、夫に全てを打ち明けることにした。
夫は少し考えてから、「どうりで最近、ずっとくっついて離れないなって思ってたんだ」と言った。
そして、「そんなことで悩んでいたのか」と微かに笑った。
やっぱり言われた「そんなことで」。
・・・・こっちは真剣に悩んでるのにって、不愉快な気分になったけど、
夫は私を諭すように、やわらかな口調で、「それはあまりにも可哀想だよ」と言った。
「あいつは5歳になったばかりなのに、4月生まれ、5月生まれの、
これから6歳になろうかという子達と比べられたら可哀想だ」って。
私は「ハッ」となった。
私の中で、そのことが完全に抜け落ちていた。
考えすらしていなかった。
そうなのだ。ついつい同級生だから比べてしまうけど、
4月生まれの子と3月生まれの子とでは、約1年違う。
大人になってしまえば、その1年は大した差にならないけど、この位の年齢の
子供たちにとっては、体力的にはもちろん、精神的にも差が出てくるのは当たり前なのだ。
それを、他の子と比べて、何で出来ないんだというのは確かに酷だ。
泣きたくなった、娘にすまないことをしたと思った。
翌朝、娘が起きる前に、夫と話す機会があった。
夫は、夜中にインターネットで調べていたようで、「こんなものがあったよ」と
プリントアウトしたものを見せてくれた。
それは、ある雑誌で募集したという「わが子にできて欲しいことランキング」。
あいさつができる。
ありがとうが言える。
思いやりがある。
間違いがあれば謝れる。
好奇心がある。
友達とうまくつきあえる。
ものを大切にする。
我慢できる。
嘘をつかない。
年下の子たちに優しくできる。
自分の気持ちきちんを表現できる。
確かに、わが子にできて欲しいことばかりだ。でも・・・・これって。
「あいつは十分できてると思うけどな」と笑った後、夫も私と同じことを思ったようで
それに・・・・と言った。
私も思う。ここに書いてあることは、大人だって、できる人とできない人がいるって。
大人でも難しいのに、過度に子供に押し付けるなんてできないな・・・って。
娘にしてみれば、私は無茶ぶりばかりしているママだったんだ。
ちゃんと、娘に謝ろう。
自分が間違っていたことに納得できて、何だか気が楽になった。
一人で抱えて悩んでいたけど、こうしてちゃんと整理できれば、確かに、
私が悩んでいたことは「そんなこと」に過ぎなかった。
それに、夫だってこうして話せば答えを出してくれることがわかって、
ひとりじゃないんだっていう気持ちにもなれたし。
私はひとりで気負いすぎていたのかもしれない。
もう、他の子と比べたりするのはやめよう。
あの子はあの子だ。あの子だけを見て、その成長を見守っていこう。
同時に私も、母親として成長しなければならない。
ともに手をとりあって、ゆっくりと成長の階段をあがっていければいい。
幼稚園へ向かう道の途中で、私は娘に謝った。
ママが悪かったからゴメンねって謝った。
娘は少し驚いたような表情をしたけれど、ニコッと笑って「いいよ」と言った。
そして、その小さな手を私の手に絡ませて、満面の笑みで
「今日は、遠足のしおりをつくるんだよ」って言った。
今日も空は青く、新緑が眩しい。
そよそよと吹く風はその新緑を揺らし、私達を優しく包み込むようだった。
娘が、太陽に小さな手をかざして、「あったかい」と言った。
私も娘を真似て、太陽に手のひらをかざして、「あったかいね」と言った。
ホント。
心からこの時間がとても愛おしくて、温かいなって思う。
この街のどこかで・・・ 「Slow Step」
おわり