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| 例えば、聖地に礼拝をした帰り道に交通事故を起こして死亡したというニュースを観た事が有ります。 神様が存在しているとしたら、信者が礼拝等に来た帰り道に死なせはしないのではないしょうか。 それとも、信仰心が足りないからとの理由で見せしめの為に死に追いやったのでしょうか。 何れにしろ「神」と言われているモノが信者を守っているとは言い難いのではないでしょうか。 |
信仰心が厚い人は、何か悩み事が有ると「神頼み」をしますが、それはあくまでも願いを求める事であり、現実には「神様」が願を叶えてくれる事は無く、当人が何らかの行動を起こさなければ何も変る事は有りません。
ですから、例えば、受験の合格を祈願しても勉強もせずにただ祈っているだけでは、到底願いが叶う事が無いのは誰でも承知している事でしょう。
それでは何故「神様」に祈るかと言えば、祈る事で自分自身の心を安定させる事により、自信をも付けられる事が合格へと導いてくれるのではないでしょうか。
又、新車を買うと交通事故を起こさない様に祈願をする人もいますが、祈願したとて自分が注意を怠れば事故を起こしてしまいます。
病を治す事で言うと、「神様」が治してくれるのでは無く、投薬や手術や手当などで当人の自然治癒力を手助けして治していると言う事は誰もが周知の通りです。傷を治す事や血流等を改善するのも当人の治癒力に過ぎません。
ですから、心の持ちよう次第で自然治癒力に変化が有る事は否めません。
では何故人は偶像とも言える「神様」を信じて祈るのでしょうか?
誰でも自分の能力を実感しています、ですから自分の能力ではなしえない事は何らかに頼るしか無いのです。其れが医師等で有り、薬で有り、神様でも有るのです。
何れにしろ人間は一人では生きていけませんから、何らかに依存をせざるを得ないのです。そこで、古から信じられている「神」を崇拝して願い事をするのです。
其れが良いとか悪いとか言う事では有りません。「神」を信じる事で当人が幸せならその人にとってはそれがベストなのです。
しかし、宗教が有る事で世界中で争いが起きているし、依存心を悪用されて騙されたりの事件が尽きないのではないでしょうか。この様な事を踏まえると宗教は無い方が良いとも言えます。
時折、新興宗教の教祖が「神の啓示を受けた」という話を聞いた事が有ります。願い事や祈りをしていて、「神様からの声が聞こえた」としても、其れは自分の心に問いかけた結果、心にひらめいた事に過ぎないと言えます。
ただ、何らかの神様を信仰している人にまで、神様をないがしろにしてもかまわないとは言う訳では有りませんが、信仰心が強すぎる事の弊害を考えると、特定の神を信仰していない方がよりトラブルに巻き込まれないのではないで済むのではないかという想いを強く感じます。
「こまったときの神頼み」で、特定の神を信仰しない、いわゆる「無信教」人が日本人には多い様ですが、日本人の気質としてはその方が向いている様に感じているのは私だけでしょうか。
ですから、本当に「神」は宗教的な存在のみをさしているのか疑問が有りす。
そこで、私が仮説として上げているのが、「神」とは当人の「潜在治癒能力・生命力」を示しているのではないかと考えているのです。
先にも触れましたが、自分に隠された力を「神」と称すれば、例え神懸かりの事が起きたとしても、実力以上の結果が出ても、それは当人が認識していなかった能力を出せたに過ぎない事で、何も不思議な事ではないのです。
勿論それを過信する事は適当では有りませんが、私がここで言いたい事は、「自分自身の能力に自信を持って欲しい」という事なのです。
自信の無い事をしても成功する確率は決して高まらないのです。自信を持って行動する事でより良い方向に導かれる可能性を高められるのです。
自信を失っている人、失いかけている人、「自分の潜在治癒能力・生命力」を信じて、しまい込んでいた能力を出来る限り上手く引き出し、明るい人生を過ごすそうではありませんか。
「神」は紛れもなくあなた自身の中に居るのです。自分を信じれば自分自身が救われます。
是非参考にして下さい→病気になる原因!?