免震レトロフィット ガイドブック
(1998)





監修 社団法人 神奈川県建築士事務所協会耐震診断判定委員会

発行 社団法人 神奈川県建築士事務所協会



§1 免震レトロフィットとは   §2 免震・制震・耐震   §3 免震構造について   §4 用語の解説


                                       
§1 免震レトロフィットとは


1.1 用 語 の 定 義


レトロフィット
 改修のこと。復旧(損傷した建物および部位に補修・補強を施して再使用に耐えるようにすること)、補強(弱いところ、足りないところを補って構造性能を向上させること)、補修(建物の損傷部分を補いつくろうことにより構造性能を損傷前の状態に復帰させること)の総称。免震構造物は、構造物の基礎あるいは中間階に免震装置を設置することにより、地震時における揺れの強さを弱め安全性や機能を維持する構造物である。既存建物を免震構造物に改修することを「免震レトロフィット」という。


免震レトロフィット
 既存建物に免震装置を組み込むことにより揺れの強さを抑え、安全性を向上し、機能を維持することができる。 
                図1.1.1 免震レトロフィット


制震レトロフィット
 建物に組み込んだ制震装置で耐力を向上させ、かつ地震エネルギーの吸収により建物に作用する地震力を低減させる。但し、制震装置が効果を発揮するまでに大きな変形を起こすことがありうる。

                図1.1.2 制震レトロフィット


「免震レトロフィット」と「レトロフィット免震」の違い

 この二つの用語は混用されているのが現実である。「免震レトロフィット」は、免震技術によるレトロフィットつまり、免震技術による改修を意味し、「レトロフィット免震」は、レトロフィットに用いる免震技術、つまり改修に用いる免震技術を意味する。前者はレトロフィット(改修)が主語で免震は形容詞の役割、後者はその逆である。



1.2 適 用 状 況

1) 国外の事例
 アメリカでは、既に1989年にソルトレークシティーで免震レトロフィット第1号が、竣工している。その後ロマプリエタ地震(1989年)の後、地震危険度の高い西海岸で免震レトロフィットが多数実施されている。対象は行政庁舎、病院、コンピューターセンター、歴史的建築物などである。特に、歴史的建築物でもある行政庁舎は、市民にとってのシンボル的な存在でもあり、行政機能の維持と外観保存の双方を満たす上で、免震構法が採用された。


写真1.2.1 Salt Lake City and County Building     写真1.2.2 U.S. Court of Appeals, San Francisco
   


写真1.2.3 Oakland City Hall            写真1.2.4 San Francisco City Hall
         

参考文献:日本免震構造協会「米国免震構造調査報告 免震とレトロフィット」'96.8



2) 国内の事例

 国内では、1997年4月に竣工した大成建設湯河原研修クラブをはじめとして国立西洋美術館、中部大学、帯広本願寺別院、仏所護念会、鹿島テラハウス南長崎4号棟などの実施例がある。その後もいくつかの計画が進行中である。

レトロフィットのバリエーション
 免震レトロフィットは、免震装置を設置する階により以下のようなバリエーションがある。

● 中間階免震


 
図1.2.1 セットバックした階の免震化
                         
                          写真1.2.5 大成建設湯河原研修クラブ


 
図1.2.2 地上階の免震化          写真1.2.6 鹿島テラハウス南長崎4号棟



図1.2.3 地下1階の免震化


● 基礎免震

 
図1.2.4 地下がない場合
                         
                         写真1.2.7 大成建設湯河原研修クラブ


 
図1.2.5 地下がある場合         写真1.2.8 国立西洋美術館本館



1.3 技術的、経済的特徴

 1)免震装置の設置位置(基礎、中間階)

 基礎部分を掘削して免震装置を挿入する「基礎免震」と、中間階の柱を切断して免震装置を挿入する「中間階免震」の二つの方法がある。免震化することにより地震時の揺れの強さが1/3〜1/10程度に低減できる。既存の建物に免震装置を設置する場合、周辺状況や建物の使用状況などを考慮して、免震装置の設置場所を検討する必要がある。主な設置場所としては、既存建物の基礎下部、地下部分中間階、地上部分中間階、の3通りが考えられる。


                         図1.3.1 主な設置場所
基礎免震
 地下階も含め、建物全てを免震化する方法である。基礎下部に新たに耐圧版等を設け、既存の建物基礎との間に免震装置を設置する。建物全体が免震化されるため、地震時の機能維持性能は非常に高い。周辺に土留めの擁壁を設置する必要があるため、地下階数が多く、免震装置の設置レベルが深くなるような場合は工事規模も大きくなる。

中間階免震
 地下階または地上階の柱を切断して免震装置を取り付ける方法である。周辺に設けるドライエリアが浅くてすむ(地下中間階免震)か、または必要がない(地上中間階免震)ためコストパフォーマンスに優れた方法である。但し、免震階より下部は強い揺れ(大きな加速度)を受ける。上層階から伝わる地震力は、上層階が免震化されることにより小さくなる。


 2)免震建物の揺れと性能(加速度、変位)

 一般に中低層の建物の固有周期は短く、図1.3.2(a)のA点のように地震動の勢力の強い周期領域にあるため強い揺れを生ずる。これを免震構造として長周期化すると同図B点まで揺れの強さ(加速度)が軽減される。さらに減衰効果(エネルギー吸収効果)によりC点まで下がる。これが免震効果である。但し、揺れの幅(変位)は同図(b)に見られるように、長周期化することにより大きくなる。つまり、非免震の建物ではガタガタとした強い揺れになるが、免震建物ではユラユラとした弱くて大きな揺れとなる。

     図1.3.2 周期の変化による応答の変化

 非免震建物に対する免震建物の、揺れの強さ(加速度)の低減率を免震効果と称する。これは、地震そのものの揺れの特性によって変わるが、平均的には1/3〜1/5程度である。短周期の地震動に対しては、免震効果はより顕著であり、長周期の地震動に対しては効果が薄くなる。揺れの幅(変位)は、震度6強相当の大地震時(レベル2地震動、50cm/sec相当)に片側20数cm程度である。

地震の揺れ方
 一つの地震には揺れ始めから終わりまで様々な周期の揺れが混在している。過去の地震動記録から見ると1秒以下の短い周期の揺れの強さが強く、中低層建物に強い揺れをひき起こす傾向がある。

免震建物の揺れ方
 免震建物は、建物の基礎部または中間階に免震装置を入れることによって建物の固有周期を長くしてある(建物の長周期化)。強い揺れを与える短い周期での共振を避け、ゆっくりと揺れることで建物が受ける揺れの強さ(地震力)を弱める。

                  参考文献:河村壮一,日本工業出版「建築設備と配管工事」'94.8


 3)敷地の制約条件(敷地、隣接建物)

敷地境界・隣棟とのクリアランス
 免震建物は地震のときにゆっくりと大きく揺れるので、建物外周と敷地境界あるいは隣棟との間にクリアランスが必要である。その大きさは安全を見込んで40〜50cm程度が一般であるが、設定する地震動の特性によってはもう少し大きな値となることもある。擁壁およびその施工に必要なスペースは、その深さによっても異なるが少なくとも2〜3m程度は必要になる。
                図1.3.3 免震層まわりのクリアランス

軟弱地盤についての留意事項
 「軟弱地盤では地震動そのものが長周期の揺れとなるので免震構造は避けた方が良い」と一般的にいわれてきた。しかし、これは地盤の軟弱さの程度と軟弱層の厚さ次第である。詳細な検討によれば、地盤が軟弱になるほど免震効果は減少するが、厚さ40m程度までの軟弱地盤であれば免震効果を期待できることが多い。但し、軟弱層厚がもっと厚くなると地盤の卓越周期が延び免震効果を期待しにくくなるので、慎重な検討を要する。 (例えば厚さ80mの軟弱地盤では、小地震時の卓越周期が 2〜3秒程度、強震時にはさらに長周期となる。)また、液状化する可能性のある地盤は、液状化しても良いように基礎構造を補強したり、液状化しないように地盤改良する必要がある。この場合の免震効果は、慎重な検討が必要である。


 4)他の階の補強

 免震階より上部は地震の揺れの強さを低減できるので、手を加える必要は全くなくなるか、補強が大幅に軽減される。免震階より下部は、揺れの強さ自体は免震ではない場合に比べて小さくならない。むしろより強い揺れを受ける可能性もある。しかし、地震力は、上部から伝達される地震力が減るので、一般に小さくなることが期待できる。但し、免震化された部分(免震階により上部)の全体に対する割合が小さいと、下部の地震力が小さくならないこともあるので注意が必要である。


 5)設備、配管系の対応

 建物と外部を跨がる配管・ダクト類はフレキシブルジョイントを用いて±40〜50cm程度の変形追従性を持たせる必要がある。但し、大地震時に破損してもかまわないようなものについては、より簡易な接合としてもよい。

・ケーブル
 電気、電話のケーブルは冗長性をもたせることにより変形を吸収する。しかし、規模の大きいビルの場合で特高受電が必要な場合は、ケーブル直径が太くかなりのスペースを必要とするので注意を要する。

・シャフト類
 階段、エレベーターシャフト、エスカレーターその他の設備関連のシャフト類は、免震階上部側から吊り下げるか、免震階下部側から自立させ、免震階で生ずる可能性のある大きな変位を吸収するようにする。周囲との衝突を避けるため、40〜50cm程度のクリアランスが必要である。

・給・排水管の継手
 免震建物では免震装置が設置されている階の上下間に、最大で20〜30cm程度の相対変位が発生する。配管の重要度に応じて、この相対変位に追従する設備配管システムが必要である。

   
 写真1.3.1 スイベルジョイント          写真1.3.2 金属製可撓継手
        (縦型ジョイントの例)                (横型ジョイントの例)

・免震対応エレベーター
 中間階免震の免震階の上下間で生じる大きな変位を躯体に取り付けた変位分散枠により3層分に分散し、全ての階を1本の昇降路で運行できる、世界初の「中間階免震対応エレベーター」が開発されている。建物の中間層で免震を行う場合、免震階よりも下の階数が1〜2階と少ない場合はシャフトを吊り下げるなどの方法で対応するが、下層階の階数が多くシャフトの吊り下げが難しい建物の場合でも、この「中間層対応免震エレベーター」により免震階での乗り換え用エレベーターなどを設置することなく、免震化が可能となる。この場合、シャフト内有効スペースが小さくなるので、カゴを小さくするか、その部分のシャフトを広げる必要がある。


 6)内外装材の対応

 免震層より上部では、内外装材等の非構造部材に作用する加速度と変形が小さくなるため、損傷を防ぐことができる。また、これらの取り付け方法も簡易化できる。

・免震対応外壁
 中間階免震の場合、大地震時には免震階の上下に大きな相対変位が生じる。そのため免震階の壁には水平スリットを設け、スライドさせることで変位に追従させる。また、外壁には、雨風の浸入防止の機能はむろん、延焼を防ぐシールド機能などが求められ、変形可能なレインガード機構や耐火ガスケットなどによって対応している。


 7)施工範囲

 免震レトロフィットでは、建物の外部または特定階に工事範囲が限定できる。それに対し、在来形の耐震補強の場合は一般的に建物各階にわたる工事が多い。また、工法によっては工事期間中に仮建物に移転する必要が生じることもある。


 8)施工上の留意点

 騒音・振動・塵埃などの少ない工法を選択する。火災・水害など安全対策に留意する。


 9)メンテナンス

 免震装置の耐用年数は一般に60年以上とされているが、予定された免震性能を確保するために、免震装置の維持点検を行う必要がある。点検は、通常点検(目視)、定期点検 (計測を伴う)、臨時点検(同)の3段階がある。


10)コスト(イニシャルコスト、ライフサイクルコスト)

 @イニシャルコスト
 免震レトロフィットの工事費は、低層建物では免震装置の設置のため、在来的な補強方法に比較して高くなる。10階建てを越す程度の建物になると、免震レトロフィットは工事範囲が限定されるので、むしろ在来的な補強より安くなる。免震レトロフィットでは免震装置設置層以外の層では通常使用ができるので、工事中の移転費用等が少なくなり建物の用途によっては必ずしも割高になるとは限らない。なお、免震構法は現時点では、日本建築センターの評定を経て大臣認定を受ける必要がある。このため、応答解析料等の設計料や評定費用がかかる。

 Aライフサイクルコスト
 ランニングコストには、免震装置の保守点検の費用が加算される。建物の耐用年数内に起こるであろう大地震後のコストは、耐震構法では構造体や2次部材および設備機器に損傷が生じ、その復旧費が必要となる。免震構法では復旧費は殆ど必要ないので、震災時の補修を考慮したライフサイクルコストは他の構法より低額になる。


1.4 適 用 対 象 建 物

 免震レトロフィットを行うのに適した建物には以下のようなものがある。

@建物を地震後の防災拠点として位置づける場合。
 地震による建物の損傷は軽微以下にとどめなくてはならない。また、地震後も建物機能を維持させるため、設備機器に影響を与えないようにする必要がある。この ため、建物に作用する地震力を低減する必要がある。

A耐震補強より、効率的に高い耐震安全性を確保する場合。
 在来的な耐震補強では、耐震壁の増設による開口部の減少や部屋の細分化などの居住性の低下が生じるなど限界がある。

B建物を使いながら、限定された範囲で改修する場合。

C建物自体に歴史的価値があり、建物をそのまま保存する必要がある場合。
 既存建物の強度で耐震安全性が確保できるように、建物に作用する地震力を低減する。

D建物内の収納物を保護する必要がある場合。

E現行の耐震構法とのコスト、性能の比較において、免震構法を採用することが有利と判断される場合。
 具体的には、庁舎、病院、博物館、美術館、学校、共同住宅、事務所等が挙げられる。



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