< ホリデーパスを使って その4 霞ヶ浦  >

2002/10

土浦 - 潮来 - 玉造 - 志度崎 - 土浦  100 km 


 

 

最近、ヘンテコなものを手に入れた。
REPRODUCERという名前で、蓄音機のサウンドボックスに代えて電気再生を行う。

 

< ハイテク、ローテク >

 

 1920年代ラジオ放送が始まった頃に、蓄音機でラジオを聴く目的で使われたものらしい。作られた時代からいってもサイズからしても、おそらくは電話機程度の音だろうと期待はしなかった。

 ダイナミックスピーカーが登場する前だからインピーダンスは数キロΩのはず。試しに手持ちの汎用マッチングトランスを使って鳴らしてみると、予想よりは音楽になっている。しかし高音は詰まっているし、低音には追随できずに空打ちするような音がする。「こんなものだろう」とは思ったが、「そういえば壊れたスピーカーに付いていた小さなトランスがあったな」と思いつく。交換してみて、あっと驚いた。高音が抜けきって、変な低音のバタツキが取れ「蓄音機の音」そのものなのだ。嬉しくなって手当たり次第にSPレコードの復刻CDを掛けた。

 経験のない人には想像できないだろうが、SP盤で聴くルイ・アームストロングは生々しい。LPやCDの復刻盤では「ジャズの歴史の記録」みたいで何処かもの足らない。頭の部分だけ聴いて、お蔵行きになっていたCDが蓄音機のままの音で鳴る。電蓄の電気臭さは微塵もない。

 

 

 現在のハイテク機器が出せなかった音を70年も以前のローテク機材が可能にした。元のマグナボックスのスピーカーユニットは12cm位、元々ラジオに付いていたものだと思う。当時のエンジニア達はスピーチレンジの明瞭度を考えて、ここのトランスに低音カットの設計をしたのだった。

 


 

< 霞ヶ浦 >

 

 相変わらずのローテクの旅。先週は秋雨前線の通過で雨。台風の去った今週末は晴天となった。ホリデーパスを使って土浦まで輪行。反時計回りに霞ヶ浦を一周する。南岸を東に向かう。蓮田の向こうに霞ヶ浦があるはずだが遥か先、湖面は見ることができない。佐原への国道は産業道路で大型のタンクローリーやダンプカーがひっきりなしに追い抜いてゆく。美浦村で国道からそれれば湖が見えるかと思ったが、湖面は遠い。

 

 

 湖面を確かめるために回り道をする。休耕田がやたら目につく。白鷺が点々と立っていて、私が近づくと舞い上がる。放棄された耕作地は生き物にとっては恵まれた環境なのだろうか、芋虫やカマキリが道の真ん中を悠然と横断している。車に轢かれた食用ガエルや狸までもがいる。鳥、虫、魚、多くの生き物が印象的だった。

 

 

 東岸、潮来から玉造までの国道も大型車に追い立てられた。距離を稼ごうと思ったが、一度に5台のダンプカーに抜かれて国道をあきらめた。玉造で霞ヶ浦大橋を渡り左折。今日初めての趣のある旧道に出会えた。ゆるやかにカーブする道。道沿いの農家。地方色のある建て方や庭の植栽などを観察しながら、ポタリングを楽しむ。

 

 

 現在では、このような旧い建物を維持管理してゆくのは大変なことだろうが、街道の重要な顔である。

 

 

椎名家住宅

 この椎名家住宅は延宝2年(1674年)、現在建築年代が分かっている民家としては東日本でもっとも古いとされている。形態からみれば、直屋(すごや)で間取りは「ねま」が「ひろま」の後方へ張り出す変形ひろま型といい、千葉県北部から茨城県南部にかけての特異な形式である。(霞ヶ浦教育委員会)

 


 椎名家住宅をコースに入れた。均整のとれた外観。内部は遮るものがないので建物の構造がよく分かる。弥生式住居などの堀立住居との類似性が柱や屋根の組み方に見える。

 


 

 効率の良い乗り物ほど旅の味わいは乏しい。我々の五感を満足させる意味ではローテクといわれる徒歩旅行や自転車旅行に勝るものはない。

 しかし、スポーツ用の自転車はすぐれてハイテクな製品である。四分の一馬力程度の駆動力をもって、1日に200km・300km走ることができる。軽さを極限まで追及して、なお強度と両立させなければならない。空気抵抗は速度に比例して大きくなるし、いつも無風というわけにはいかない。風の抵抗を避けるためのポジションや、脚力を無駄なくペダルに伝える車体の設計には高度の知識が必要である。メルクスは常にアーレンキーを持ち歩いて、サドルの高さをミリ単位で調整していたという。

 とはいうものの雨や風に対して無防備な点や、わたしの脚力ではやはりローテクと云わざるを得ないが。

 

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