< 鯖街道から丹後半島へ 残暑の300km >

2006/8

近江八幡  ー 鯖街道 ー 宮津(泊)ー 丹後半島

お盆を過ぎた8月も後半。夏休暇をとって、鯖街道、丹後半島を走った。

 


 

< 鯖街道 >

 

「鯖街道を走る」といえば、京都・大原からだろうが、琵琶湖一帯にも興味があって、いずれこの付近を走る時の下見を兼ねて、安土駅をスタート地点とした。

 安土は静かな駅だった。駅前にはレンタサイクルの店くらいしかない。自転車を組んで走り始めると、セミナリオ跡があった。宣教師や異国の人々が往来し、一旗あげようと集まってきた商人たちでごった返す、当時の城下町の様子を想像した。安土城址は先の行程を考え、麓だけにとどめた。近世の平城と比べて、文字通りの山城である。

 


                 セミナリオ跡

 

 近江八幡は琵琶湖の水運で繁栄した時代を物語る、静かで落ち着いた町だった。近江兄弟社を創設したウィリアム・メレル・ヴォーリズ邸などをまわる。都市の景観にとって、川や橋の果たす役割がいかに大きいかを改めて知った。八幡堀に沿ってゆっくり自転車を走らせ、運河伝いに湖岸道路へ出た。琵琶湖大橋を渡る。湖岸には葦が茂り、何の漁か、 小さな漁船が走っていた。

 


八幡堀   

 

< 鯖街道 >

 

 現代の鯖街道はバイパス化され、あえて旧道に入らなければどこにでもある普通の地方道である。通行量もさほど多くはなく、軽く上っては下りの繰り返しで、快調に距離を稼ぐ。入母屋づくりの大屋根がこの地方独特の景観をつくっている。朽木村や熊川宿に旧鯖街道の宿場の面影が残るが、熊川宿についても、商業的にはさほど成功しているようには見えなかった。

 


朽木       

 


                   熊川宿

 


 

< 小浜・明通寺 >

 小浜では明通寺へ立ち寄った。街道から少し山間に入らなくてはならない。三重の塔や本堂など、古色美しい山寺である。 参拝客がぽつりぽつり訪れている。当初の計画では初日に小浜で泊まり、翌日、周山街道で京都に戻るつもりだった。しかし、明通寺で参拝を済ませたのが12時半。まだまだ走れる時間。そこで予定を変更し丹後半島へ向かうことにする。


                             明通寺

 


 

< 宮津・天橋立へ >

 

 しかし小浜から舞鶴方面へは大型車両も多く、とても快適だとは言い難かった。曇り空で風も強いのに気温が34°。台風の影響によるフェーン現象の為だというが、この暑さには参った。ボトルの水がすぐに熱くなってしまう。 舞鶴のレンガ倉庫群も横目で見るだけで、どこにも立ち寄ることなく、ひたすらペダルを廻した。

 ようやくの思いで宮津に着く。駅前で夕食にする。途中のガソリンスタンドで教わった店である。家族連れなどで混み合っている。隣の客が「どこから来たか」と聞いてくる。地元の常連さんらしい。初めての町で、客の一員になって他愛ない話をしているのが心地よい。ゆっくり食事を済ませ、外へ出るとあたりが暗くなり始めていた。

 天橋立を自転車で渡る。砂州は海面とほとんど高さが違わない。幅も狭く、両側の松林のシルエット越しに海が見える。松というのは、塩気によほど強い植物なのだろう。渡り始めには、夕暮れの残照が残っていたが、渡りきる頃にはすっかり暗くなっていた。

 


                       天橋立

 


 

< 伊根 >

 

 朝、晴天である。宮津から海岸線に沿って北上する。昨日とは打って変わって車も少なく、快適な道である。しばらく走るうちに入り江の奥に伊根の集落が見えてくる。町中は道の両側に民家がぎっしり軒を並べている。家々の隙間から海が見える。道はどん詰まりになって、本庄浜方面へは少し引き返して急坂を上らなくてはならない。

 


                                    舟屋の風景 

 


伊根の町並み  

舟屋の風景  



 

< 新井の千枚田 >

 

 坂を上りきると目の前に千枚田が広がっていた。稲田の風景は四季折々、それぞれ趣があるが、この景色はまた格別であった。農作業の軽トラックでさえ風景にとけ込んでいる。本庄浜方面は半島の縁に沿ってアップダウンを繰り返す。晴天で午前中とはいえ、じりじり焼かれ、本庄浜に着く頃にはボトルの水がなくなってしまっていた。

 


                                    新井の千枚田

 


 

< 浦島神社 >

 


                            浦島神社

 

 本庄浜には浦島神社があった。意外にも浦島太郎はこの辺りの話だという。海彦など、この手の話は太平洋岸のものと思っていたが、今回、丹後半島を回ってみて、この地が文化的には南方的な海洋文化との結びつきが強いことを知った。黒潮は九州で南北に分かれ、北への流れはここ丹後半島を経て、能登から越後へむかう。

  天橋立は宮津の籠(この)神社の参道だとのこと。籠神社の祝は海人系の海部氏である。また古い写真で見る伊根の舟屋は屋根も壁も草葺きで、屋根勾配は現在より深く、説明がなければまるで東南アジアの水上住居のように見える。 

 わたしは海の道の重要さについて余りにも無知であった。

 


 

< 真昼、炎天下の走り >

 

 本庄浜まで行くと、経ヶ岬方面は土砂崩れで通行止めとなっていた。山越えで丹後松島へ抜けなくてはならない。本庄浜で唯一の商店である農協で道を教わった。道が分かりづらく、同じところをぐるぐる回る人が多いとのことで、好意で地図のコピーを配っている。丹後松島から豊岡に向かう。一番暑い時刻である。水を飲んでも飲んでも、すぐに汗に変わる。向かい風がわずかな救いだ。犬ケ崎、琴引浜、網野。ひたすら豊岡をめざす。

 


                                久美浜湾

 


            豊岡駅ホーム

 

 最後は暑さから逃げ込むように、豊岡駅の構内で自転車を畳んだ。豊岡駅着、3時10分。もう一泊して福知山、丹波篠山方面へも行ってみたかったが、もう体力の限界に近い。迷わず切り上げとする。

 

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