< 春の大和路 >

2010/3/30

藤原宮跡 - 今井町 - 当麻寺 - 番条 - 斑鳩 - 西ノ京 - 平城京跡 - 山辺の道  約70km

 

< 大和路 >

 


           大和平野、古代の道

 

 寺巡りなら違うコースになろうが、今回は古い町並みなどを尋ねながら大和平野をゆっくり回ってみる。

 大和平野はその「たたなづく青垣」の山裾を縫うように巡っても100km程。史跡や歴史的町並み、旧街道は機動力と小回りで自転車にかなうものはない。桜もようやく開き、春うららかな大和路を期待したが、意外にも前日の29日、テレビは雪の舞う奈良公園を映していた。毛糸の帽子に手袋という冬支度だったが、大和路は春の明るさが満ちていた。

 


 

< 横大路 >

 

 藤原宮跡の駐車場に車をデポ。スタートは7時。大和三山が間近に見える。藤原京は大和三山を内側に含む平城京や平安京に劣らない広大な規模だった。

 


              伊勢街道(横大路) 橿原

 

  桜はまだ五分咲き。気温も低い。藤原宮の北側に旧伊勢街道が通る。かつての横大路。西へ向かうと最初の官道といわれる竹内街道へつながる。

 

< 今井町 >

 


                  河合家住宅横の路地

 


                         河合家住宅前

 

 近鉄橿原駅の西の一画が今井町。堺と並ぶかつての自治都市。江戸時代の町並みが残る。10棟もの重要文化財の民家で知られる。最初に訪れたときは驚いた。周囲の現代の町並みからは想像もつかない風景があった。この一画だけがタイムスリップしたように静かだった。

 朝の通勤の時間帯とみえ、勤め先へ急ぐ人が自転車を走らせたり、足早に通り過ぎる。この路地あの路地と一通り見て回って當麻寺へ向かう。

 


 

< 當麻寺 >

 

 門前町をゆっくり走ってゆくと山門に突き当たった。くぐると広場があって、8時半だというのに外国人も混じって、かなりの数の観光客がいる。写真撮影に訪れたと思われる初老のグループはカメラを手に手に、桜と三重塔のよいアングルを探して歩き回っている。その中に女性が混じるのは今風か。

 中之坊で片桐石州作といわれる庭園や丸窓席を拝観する。ここは地形が北風を遮るせいか桜は満開である。

 


                  當麻寺

 


               丸窓席



 

< 穴虫 >

 

 二上山の北。香芝市穴虫で古い町並みを探す。道を尋ねると朝の掃除に忙しいご婦人が花見のポイントまで丁寧に教えてくれる。

 車が通れないような細く入り組んだ路地の両側に古い町並みがあった。漆喰の白壁や土壁仕上げの民家が美しい。茅葺きの大和屋根は早急な手当が必要な状態。細くカーブした道に沿って重厚なムクリ屋根の民家がある。反り屋根には攻撃的な威圧感があるが、ムクリ屋根のカーブには穏やかさとゆったりとした豊かさが感じられる。直線で仕上げれば簡単なのに、手間をかけて曲面に仕上げる感性に興味を覚える。

 


            蔵の裏側のようだが、こんな風景が続いている

 


                      ムクリ屋根が美しい



 

< 斑鳩の里 >

 


                  龍田川

 

 龍田川方面から旧街道を法隆寺へ向かう。龍田神社の周辺に旧街道の雰囲気が残る。

 さすが法隆寺。観光客が列をなしている。ほとんどの建物が国宝や重文。金堂の釈迦三尊像など飛鳥、白鳳文化の粋が集まる。大宝蔵院で百済観音、玉虫厨子、夢違観音をみて、夢殿を拝観する。

 


                              法隆寺

 


 

< 環濠集落 >

 

 西ノ京への途中、大和郡山に立ち寄る。最初の今井町もそうだが、大和平野には数多くの環濠集落が残る。ここ番条、若槻、稗田などは農村集落なので、環濠は農業用水の機能も果たしていたのであろう。

 柳沢吉保の大和郡山城下を抜けて下ツ道を西ノ京へ向かう。

 


                     番条

 


 

< 西ノ京 >

 


                     薬師寺遠望

 

 田圃の向こうに薬師寺が見えてきた。1981年に再建された西塔が色鮮やかである。

 


                       唐招提寺金堂

 

 唐招提寺に立ち寄る。金堂が美しい。堂内には異様に大きな仏様がおさめられている。中央が廬舎那仏、右手に薬師如来、左側が千手観音。

 


 

< 平城京跡 >

 

 市内を走るバスにもマスコットキャラクターせんとくんのイラスト。奈良の町はお祭モードである。奈良遷都1300年。遷都祭の準備のため平城宮跡の整備が急ピッチで進められていた。朱雀門を見て、奈良公園へ向かう。奈良公園は緑が深い。奈良の顔である。

 奈良町を少し流して、上ツ道を天理へ下る。

 


               平城宮跡 大極殿をのぞむ

 


                 奈良公園

 


 

<竹之内環濠集落 >

 

 竹之内環濠集落に立ち寄るために坂を上る。標高が約100m。奈良県に数多く残る環濠集落の中で最も標高が高い。集落そのものは際立って古い町並みを残しているわけではなかった。一部に残る堀から昔の佇まいを想像するのみであった。

 


                      竹之内環濠集落、環濠跡

 

< 山辺の道 >

 

 竹之内環濠集落のすぐ下に山辺の道が通る。家族連れのハイカーと挨拶を交わす。軽四輪がやっとのような農道が折れ曲がりながら続く。案内板がなければ周囲の道と区別がつかないので迷わずに辿ることは難しいだろう。農家の庭先に無人販売所があって、はっさくなどが袋に入って売られている。

 衾田崚、崇神天皇陵、景行天皇陵など大型古墳を縫っていく。石畳や急坂があって、押して歩くことも多い。基本的にはハイカーの道。

 


                  山の辺の道、竹之内

 

 
           柿本人麻呂歌碑 

衾道を 引手の山に 妹を置きて 山路を行けば 生けりともなし    柿本人麻呂

 

 柿本人麻呂の歌碑があった。妻を葬る野辺送りの歌が刻まれている。陽が陰り、薄ら寒くなって、通る人もない道は寂しい。

 


               景行天皇陵付近の山辺道

 


 

< 奈良好き >

 


            畝傍山

 

 京都は交通の便が良いが、奈良へは乗り換えが必要で心理的に遠い。しかし奈良はスケールが大きく、礎石だけが残る東大寺講堂跡など特に好きな場所だった。

 今回斑鳩の里から西ノ京を回って、奈良好きの理由が分かった。アルカイックな表情の釈迦三尊像から、前後の遠近感が表現されるようになった百済観音。夢違観音に至って前、横、背後全ての角度から彫刻としての完成度を具えるようになる。そうした東大寺の四天王や興福寺の阿修羅像など天平彫刻へと続くリアリズムの流れは、万葉集においては古代歌謡から個人の強い感情を歌った山上憶良、自然発見の赤人などへ至るリアリズムの展開であり、ギリシア彫刻やルネッサンス文化とも重なるものである。

 飛鳥、白鳳、天平と続くこの人間精神の解放の時代、万葉の歌人たちと照らし、改めて奈良の仏たちを見て回りたい気分になっている。

 

 

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