ニューロン
ジャック・インした瞬間に薄暗い無機的な部屋は消え、遥か彼方まで続く光のチェス盤が目の前に現れた。
オレのアイコンは全長4m、シャンパン・ゴールドの鮫。
地平まで続く光子のグリッドすれすれを這うように泳ぐ。
半透明の体内では、極彩色の球や三角錐や立方体の形をしたプログラムが内臓の変わりに収まっている。
オレのエサはデータのオキアミ、アグレッシブなヴィジュアルだが、決してヤバイ話には近づかない堅実な男だ。
なんてね?
今夜のハイライト、地平線の向こうにあった青白い城が、あっという間に近づいてくる。
明滅する看板がサイバースペース中を照らす。
『ヤマムラ・カンパニーは皆様の安心と信頼を・・・(以下、スクロール)』
オレは腹に張り付いていたコバンザメを偵察に行かせた。
って言うか、コバンザメの形した『偵察』プログラムだけど。
オレのいつものスタイルは、その辺のガードの甘いシステムに入りこんで適当にバリバリとデータを飲み込んできて、巣に戻ってからじっくり使える物とそうでない物を吟味する。
セコイ?
イキがって大物に手を出して、部屋まで『追跡』されてパクられたり、問答無用で『脳死』するよりマシだろ?
でもここは今までのオレのエモノとは違う。
顧客情報の取引料はケタが一つ、もしかしたら二つ違う。
対能力者用のアンチ・サイ機器で一気に急成長した所だけど、裏では人体実験やら軍需産業関連の噂が絶えない。
一応情報収集はしたものの、核心部分には掠りもしない壁の分厚さ。
バンザメの『偵察』によると、城の中には『番犬』が巡回してるらしい。
影を見つけたらどこから来たか『追跡』されて、正門から入ってない事が分かると、即座に『切断』で攻撃される。
『切断』に失敗したり、『追跡』を邪魔すれば、すぐに生身の番犬、つまりシステムの管理者を呼んでくる。
うーん。さすがに手堅い。
やめよっかな?
巨大企業なら、ジャックを引き抜くのも間に合わない程、超高速処理のシステムが鎮座してるはず。
もしも『脳死』プログラムが走っていたら、オレがコケた瞬間、死の信号を送り込んでくるだろう。
サイバーデッキからニューラル・インターフェイスに高圧の電流がフィードバックされる仕掛け。
こいつに引っかかって脳を焼かれ、目玉を破裂させて死んだ奴の話はそう多くもないけど、少ないって訳でもない。
もちろん違法プログラムだけど、それを言うならシステムに侵入するのだって違法だしね?
でも敵のプログラムが『成功』したかのように見せかけるのはオレの大の得意技。
『番犬』に出くわしたら、「オレはコレコレこー言うコンピュータから来た一般人ですよー」って見せかけるわけだ。
なんとか敵の番兵をごまかして、王様の社長室まではいかずとも、データの中庭ぐらいは見てみたい。
『脳死』プログラムって「機械で接続してない」人間にも効くと思うか?
実はオレはニューラル・インターフェイスを使わずにサイバースペースに入ってる。
「自分」の情報をデジタル化してコンピュータに送り込むやり方を知っている。
【能力者】が『脳死』した、て話は聞いた事がない。
機械を使わずに、脳で直接データを交換できる【能力者】。
サイバースペースに幽体離脱してるみたいなもん?
までこの力を使って色々──ホントに色々──遊んできたけど、もう飽きちまった。
オレがこれからどうなるのか、帰ってこれるのかも分からない。
どうせ生身の体に戻っても、オレは病室のベッドの上で指一本動かせない。
自発的には瞬きすらできない。
アンタがそんな境遇だったら、飽きもするでしょ?
オレはいきたい。
いって、みたい。
だから、電子の城に飛び込んだんだ。
完
2002.10.11
■戻る■