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(2005年1月28日(金):IVYスクエア3F・モリヤホールにて)
文責:MIDORI EXPRESS
※各写真はすべて筆者が撮影してきたものです。
また、臨場感を出したいため、コメントはほぼ原文のまま載せています。
敬称など省略になっている部分もありますが、ご了承下さい。
【オープニング】 【今日の裏話〜旅人の唄】 【グルフラ初期の裏話】
【大いなるもの】 【泣きなよ】 【TSUNAMI】
【今が輝かないのなら〜スペシャルオリンピックス(SO)に関して】
【ライブ終了後】 【セット(ライブ曲目)リスト】
2度目の三四六さんのライブレポートになります。今回は、「346 Groove Friday」(以下グルフラと略)の200回を記念して、200回放送終了後、いつもグルフラを放送している長野・南千歳のIVYスタジオと同じ建物の3階にあるモリヤホールで、記念のライブが行われました。
(ビールが命の母Aさんの話によると、2004年の春に放送された特別番組「春休みスペシャル 三四六がフレッシャーズにエールを送る!Groove
Saturday Live!!(2004/3/20)」も、ここで行われたとのことです)
前週の番組で早々と告知。当日もいっぱい告知。200回という節目もあってか、放送が終わる前からかなりの人が陣取っており、放送を最後まで見てから三四六さんたち共々ホールに向かった自分たちは座る席が無く(苦笑)、結局ステージ右寄りの壁沿いに陣取りました。
この日は三四六さん&村上さんのコンビに、2004年のFMフェスティバルで行われたライブでも参加されていたパーカッションの方(最後のメンバー紹介の時は、「エアポート成田さん」と呼ばれていました(笑))が、再び参加されていました。もちろん、ギター&ボーカルは三四六さん&村上さん。それにAD林さん、ミキサーの峯さんも番組からそのまま合流しました。。
事前の準備(マイクチェックなど)が色々あり、その間に三四六さんは頻繁にしゃべりを入れてました。
「(準備をしながら)あの、まだまだですからね。」(笑)
「チェック、チェック、ス、ハ、ハ、ハ、ス、ハ、マイクチェックです。
うわあ集まったねえ〜。あんまり宣伝してないのになあ〜。」(笑)
(林さんがシャンパンを三四六さんの前へ・場内ちょっと沸く)
「誰だこれ?誰が持ってきたのこのシャンパン?ビール(が命の母A)?
ビールが命の母Aから、スパークリングワイン。」
(それを開けようとしている林さんに向かって)
「のんびりやってないんだよ!新幹線(の時間)があるんだから。何やってるんだよ!」
「あ、マイクはいい感じですねえ。相当いいですねえ、ス、ハ、ハ。
この距離感で声デカイよなあこれじゃ(笑)。
マイクいらないと思うんだけどなあ(笑)。もったいないなあ。電気がもったいない?」
「何にも決まってないからね(笑)。何が聞きたい?「リンゴ追分」?(笑)リンゴの国だから?」
「村上さん、俺ハーモニカ無いから。いいやん、しゃーない。」
(ここでリスナーの一人がハーモニカを取り出し「あります」と一言)
「あのね、そういうのが素人なんだよ!(笑)
ハーモニカたってあるだろ、キーが!何だよ、キーは!」
(リスナー「さんちゃんにもらったものです」)
「だから、ちょっと見せてみ!知ってる知ってる。オークションで落としたんだよね。
(ハーモニカを見ながら)
「これ何だ…Fだよ!(一部リスナーより「高い〜」の声が)
Fって何に使う?(村上さんに聞く)」村上さん「わかんない。」
「F使う曲ないって!(笑)
え?1回プッてやったじゃないか!」
「(車掌のアナウンスのモノマネで)軽井沢〜軽井沢でございます」(笑)
「あの、新幹線と特急あずさとは全然違うからね。
(新幹線)「長野〜長野でございます。」
(あずさ)松本は「松本〜〜〜〜」
長いよね!「松本〜〜〜〜」」(笑)
「東京でも上野と新宿とは違うもん。
新宿の場合は「新宿〜新宿でございます。お忘れ物落とし物ございませんようお乗り換え下さい」
上野は「上野〜〜〜〜」」(笑)
(ここでようやく林さんがシャンパンの栓を開け終わる)
「お前、パンとやって電気の1個ぐらい割れよ!(笑)
歴史に名を残せよ!(笑)」
「みんなもお酒をいっぱい贈ってきてくれて、長野は酒どころでもあるでしょうね。でも9割が日本酒なんだよな。
日本酒を持ってきた場合は、3本に2本が林ですから。」(笑)
(三四六さん&村上さんのグラスにシャンパンを注ぎ終わる)
「じゃ皆さん、お手元のグラスを。」(笑:リスナーの皆さんは飲み物など持っていない状況でした)
「200回記念おめでとうございます!」
(みんなで)「カンパーイ!」(大拍手)
「えー今日はですね、ここのホールに集まってくれた人たちには、特別に、特別に言いますので、特別に言います。
今日は、本当に久しぶりに、占い(カウントダウン)を生でやりました。」
(リスナー:「え〜?」)
ほとんどの場合占いは、心配なので、一応東京から着いたらすぐに、まず、
宮里藍先生の占いが到着しているのを見て、
あ、砂智子先生だ(笑)。宮里藍ちゃんじゃないや(笑)。
(村上さんに向かって)峯さんがツッコまないで君がツッコミなさいよ(笑)。
相変わらず自分のことで精一杯なんだから。自分だけチューニングしているんだから。俺なんかどうでもいいんだよな(笑)。
「あー今日は何座が」とか言いながら見て、それをいかに歌にするか、ここからグルフラの1日が始まるんですね。
だいたい1時半ぐらいかな。それで、まあその「今日はこの曲で行こう」とかですね、
そこから、宮里先生の書かれている「どこどこに食事に行くといいよ」「出会いがありますよ」とかいうのをですね、
何となく歌詞にするようにして当てはめていく。30分ぐらいかかるな、それが。
それからすぐにですね、マイクチェックを兼ねて、峯さんのマイクチェックを兼ねて、録っちゃうんだな。
1回歌を歌ってみるわけだ。で、一応MDに録っておく。
で、何ももう支障をきたしていなければ、オンエアでそれを流す。(笑)
だってよく考えてごらんよ。あり得ないぐらいいっぱいの人が歌っている時あるでしょ?
あれは、録っておいたやつを流しながら、さらに生で上から、
「ハウ」とか「シュビドゥバ」とか言っているわけですから(笑)、
だから全く僕一人でやっていることなんですよ。あ、村上さんのハモリもありますけれどね。
それであの、今日はあれだけの人たちが集まってくれていたんで、
「占いどうしようか?」というのがもっぱらの議論になりまして。途中の6時以降かな。
「どうするおい?」「30人ぐらい集まっているよ。」「やばいなこれ、口パクじゃばれちゃうな。」(笑)
村上さんも「ギター手パクでしようか」(笑)。「村上さんそれは無理があるだろ。」
そこで僕が出した結論が、
「カーテン閉めろ。」(笑)
えーそれはまずいんじゃないかと。「でももともとラジオは見えないもんだろ」みたいな。(笑)一触即発の部分がありまして。
それで林が、いざというときにボタン間違えて、放送事故を起こしそうになりました(笑)。
今日は(占いを)生で歌わせて頂きました。そのせいで声が枯れておりますが、今日は一生懸命歌わせて頂きたいと思います。
それでは今日は本当に短い時間で、しかもですね、「今が輝かないのなら」のCDは、売り切れて、
実際スタジオに8枚しかありません。その8枚をここに持ってくると大変なことになりますので、
それは今日持ってきておりません。CD販売はありませんが、「大いなるもの」と「泣きなよ」に関しては、
「まあ売ってもケンカにならないだろう。」(笑)「取り合うことはないだろう。」ということで、
20枚ぐらい林が持ってきたみたいなんで、気に入ったら買って下さい。
それでは約30分、いや、32分、33分ぐらい(笑)。
頑張って歌いたいと思います。よろしくお願いいたします。」
M−1:旅人の唄(未CD化の曲です)
この曲は自分も初めて聴きました。三四六さんの曲の中では結構ギターがうなる曲でしたね。
「泣きなよ」「大いなるもの」「STREET AGER」「今が輝かないのなら」などとはまた違った雰囲気の曲でした。
(この曲って、長野を回っている時のライブでかかったことあるのかなあ?
以前東京でライブをやっていた時にはこの曲やったことがあるようですが)
「旅人の唄」が終わったあとのトーク。グルフラ初期の話をされていました。
「まあ、Groove Fridayが始まったばっかりの時はですね、本当に今日の放送でも何度も言いましたが、
「大変な仕事が始まったな…」と。
当時僕は、東京で、TOKYO-FMで、月曜日から木曜日まで、毎日毎日、
渋谷のスペイン坂スタジオというところでしゃべっておりました。
今、あれなんだっけ?「ズームイン!朝」ってあるよね。
「ズームイン!サタデー」って知ってるかな?(一部リスナーから「あー」の声)
望月理恵さんという女性が司会をやっていますが、
彼女が僕のパートナーで、三四六ともっちーの「エモーショナル・ビート」という番組をやっており、
その時からずっとディレクションをやっていたのが、村上雄信(ディレクター・村上さんのフルネームです)な訳ですけども。
そのとてもパワーがいる月曜日から木曜日までの放送が終わったあと、金曜日は長野へやって来る。
しかも松本なわけだ。「松本〜〜〜〜」(笑)
あの声を聞くたびにね〜、本当にもう〜ズドーンと(笑)、
違うんだよ!松本は好きなんだ凄く!歴史感があって。松本城とかきれいだし。
ただ、そこにたどり着くまでが、野を越え山を越え。
「あずさ」って、「スーパー(あずさ)」だろうが「あずさ」だろうが関係ないからなあ(笑)。
村上さんとちょっと頑張ってみて、2000円ぐらい出して、グリーン車乗ってみたんだけど、
あんなのグリーンじゃないもんな(笑)。グリーン車でやっと普通の指定席みたいなね。
ビックリしましたねえ。で、僕らが放送が始まる前に、2時間40分。これが平均だよな。新宿から。
だいたい新宿からたどり着くまでに、松本までに、
最低6回耳抜きをしなければいけない(笑)。
つばを飲み込んで飲み込んでね。「あっまた耳が!」みたいな(笑)。寝てしまえばいいんだけれど、
寝てるんだけども耳がツンとして起きるからな(笑)。
「これは持たないぞ〜」と思いながら。
でも当時は当時でまだ始まったばっかりだったんですけれど、僕がただ一言、
「いや〜、松本って田舎だよね」という番組から始まったんです。
その一言が、長野の皆さんの心に火をつけて(笑)。
「なんだお前この野郎」というFAXが(笑)、わんさかわんさか来たらしい。
初めはケンカばっかりしたな〜。リスナーと。
「いいか俺はな、ラジオの前で喋っているということはな、マイクの前で喋っている、
命をかけてるんだ!これは仕事なんだ。責任を持ってる、自分の言っていることには!」
「あららら〜。なんか熱くなってますねえ、三四六さんという方は。」みたいな感じで、
たくさんの反抗メールがきてねえ。
で、そんな毎日だったんで、「もう村上さん無理だよ俺たち。」
7時に終わったら、松本本社から、松本駅まで、寒いところを、トコトコトコトコと、
大きな荷物を抱えて、歩いて帰る。背中を丸めてね。
でもね、ふざけているのは、7時なのに、
松本駅の弁当屋はもうやっていない(笑)。
「7時だぞおまえ、ふざけるな!俺は何を食って帰ればいいんだ!」
そこであみ出したのが、駅前の「MIDORI INOUE」というそのデパートの地下で、弁当買うんだな。
タイムセールで30%OFFなんだよ(笑)。
「エスパ」ってあるだろ?
俺たち、「エスパ」のカード作ったもん(笑)。ポイントカード。
毎回同じ餃子を食い、唐揚げの余り物30%OFFタイムセールみたいなのを買って、
缶チューハイを買って、「あずさ」に乗り、帰ったもんだなあ…。
まあ、そうこうしているうちに、お土産を持ってきてくれたり、
弁当持ってきてくれたりするリスナーが増え始めて、
放送上は絶対言えなかったんだけれども、そんなリスナーでも、「自殺をして死んだ」という。
「死んじまった」そういう事件もあったりしてな、放送では言えなかった。
「えー、あの俺たちに弁当持ってきてくれたあいつ、死んじまったのかよ。自殺かよ…」
ショッキングだったね。自分のリスナーが自殺するなんて、人生で初めてだった。
あの日から何かが変わったんだな。
それで、そうね〜。ある一人の女性リスナーが
「どういうメンバーでやっているんですか?先程からちらちらと話に出てきている、
作家のカワヅさんという方、素敵そうですね。
私、彼氏募集中なんです。どうでしょうか?長野の女性、結構いいですよ」というメールが来た。
それに対して、俺はおふざけ半分で、
「ハーイ残念。馬鹿じゃない?もう妻子がいる男だよ。」みたいなことを言ったんだよね。
これに対する猛抗議のFAX・メールが。「ひどい!あなたは…」
確かにひどいなあと思って僕は平謝りに謝ったんだよ。放送で。
まあ今でも僕も謝ることはあるけど、平謝りに謝ったよ。「確かに俺が悪い」と。
その謝った放送が、今思うと、ターニングポイントかな。
自殺をしてしまったリスナーとね。
それで、六十何歳の(方が)、筆字で筆書きのFAXが届いた。
「先程から聴いていたが、三四六さんとやら、なかなか腹を割って話のできる
いい男ではありませんか。まあまあ、謝って先に進んでください。
私はあなたを応援していますよ。」というFAXが届いた。今でも忘れない。
「ああ、これは嘘はいけないんだ。
謝る時は正直に謝り間違えていると思ったら間違え、
合っていると思ったらとことん通す。それがパーソナリティなんだな。」
と思ったりとかしてね。
そうやって、でも「半年で終わるんだろうなあ〜。もう松本には来れない。
体がキツイもん。」と思いながらね。
ある日、冬になり、「結構松本って止まるらしいよ。「あずさ」って。」
「え〜?そういえばよく止まるよね。」よく止まるんだ。
一度ショッキングだったのがね、松本で乗った「あずさ」、走らないんだよ。出発しないんだよ。
30分後に、「(車掌)え〜、お乗りのお客様に、只今の情報をお伝えします。
人身事故が発生しましたため、」「人身事故か、そりゃしょうがないなあ〜止まるよなあ。」
「(車掌)人身事故が発生しましたのは、東京〜御茶ノ水間です。」(笑)
「え〜!お前何百キロ離れてるんだよ。」(笑)
中央線っていうのは、一本道なんだなあ。これじゃ雪が降ったら絶対止まるぞと。
またちょっとここだけの話、ムカツクのは、「あずさ」の乗務員って、ここだけの話よ。
新宿駅に着いて初めて言うんだよ。「(車掌)只今30分遅れで到着しました。」(笑)
「え〜!あホントだ!終電ないじゃん!お前もっと早く言えよ。」(笑)
しかもね、なーんも(ないのに)。「今日風強く吹いたか?」「雪降ったか?」
「何もないよね?」という時に遅れるんだよね。
俺たちはいっぱい考えた、理由を。「何で今日遅れたんだろ?」と。
「(車掌)え〜あまりにも景色がきれいだったため、思わず乗務員見とれてしまいました。」(笑)
「(車掌)え〜今日は120%の乗車率のため、重くて前へ進みませんでした。」(笑)
きっとそういうふうに言うだろ?
で、FM長野の本社の方々に直訴したんだ。「これ冬に雪が降ったらどうなるんですか?生放送は?」
「そうですね、じゃ、冬の間だけ、長野でやりましょう。」
「やった!新幹線だ!」(笑)
1時間20分、なんて速いことでしょう。サッと到着しました。
だけども「冬の間だけ」という。
ところが、スタジオができたんだよね。このスタジオ、IVYスタジオができるということで、
「じゃーここでやっちゃおう。松本に帰るのはよそう。」(笑)
と言うことになったんだよ。これ全て、流れがあるんだよね。
このスタジオができなかったら、あの日重くて、(「あずさ」が)前に進んでいなかったら(笑)、
全部「あずさ」のおかげ(笑)。
人間、人生万事塞翁が馬。
「電車が遅れた!」もしかしたらそれはいいことかもしれない。今思うとね。
「あずさ」が遅れている電車のおかげで、僕は今ここにいると思っています。
「あずさ」がいつまでもしっかりとした特急だったら(笑)、
グルフラは続いていなかったんですよ。そう思います。」
「えー、初めて三四六のライブに来た方は、「いつ歌うんだろう?」(爆笑)
それでは、頑張って歌います。
「大いなるもの」という歌を歌いますが、これは、「♪人は何処より現れ」というところがあります。
みんな覚えてますか?
「♪人は何処より現れ 何処へ行く運命(さだめ)なのか
目には見えない 大いなるものを 強く 強く 抱きしめて」
これを村上さんに1回歌って頂きますから。1回で耳コピして下さい。村上さんどうぞ。」
で、ここで村上さんが歌い始めたのですが、音程がかなり外れました(場内爆笑)。
「村上さんいつもハモる方だからね。」
「(村上さん)マジで間違えました。」
「メインは初めてだから。メイン、メイン。」
というわけで、村上さん再度サビの部分を歌ってくれました。(場内拍手)
「歌えますね!じゃみんな、いいですか?「♪人は〜」いきますよ。
(ギターを鳴らしながら)この音、はい覚えて。Dです。
「♪い〜」高いなおい(笑)。「♪人は〜」俺も出ないよ(笑)。」
というわけで、サビの部分をみんなで一度練習で歌いました。
「歌えますね!はい、これをいつかね、近いうちにアルバムに入れた時には、
みんなの歌でやりますからね。それではサビの部分、練習でどんどん歌っちゃって下さい。
「大いなるもの」いきます。」
M−2:大いなるもの
2枚目のCDに入っている曲で、以前グルフラではエンディングで必ずこの歌が
歌われていたようです。サビの部分はみんなで大合唱、自分もしっかり歌わせて頂きました。
(三四六さんは「キーが高い」と言ってましたが、自分にとっては結構歌いやすかったです。)
「いいね〜。みんなあまり大きく歌わないところがいいね(笑)。大きく歌いすぎるとつられちゃうからね、俺が。
控えめな感じがいいですね。まあこれは是非覚えておいてください。
大いなるものとSTREET AGER(同じCDに収録されてます)は何枚あるんだ、林?
(AD林さん、ここでCDの枚数を確認)
早く!すぐに把握して下さいよ!ここで5秒損した(笑)。え、10枚?」
「(林さん)くらい。」
「くらい!(笑)アバウトだよ。「アバウト久美」って名前つけるぞ(笑)。」
「まああの、今日は皆さんに、本当にお世話になっているんで、
モノマネの1曲位もしないとね。(場内拍手)
何?何がいい?」
「(リスナー)サザン!」「サザン!サザン何がいい?」「(リスナー)TSUNAMI!」
「ジャッ!(笑)TSUNAMIある?TSUNAMIない?歌本ないだろ?」
「(村上さん)下(スタジオ)行けばあるよ。」
「下行けばか。(林さんに)じゃ下行って、探しておいで。譜面があるから。(拍手)
これ、村上さんのギターでTSUNAMI歌ったことないね。」
「(村上さん)歌ったことないね。」
「じゃ林が、この次の曲を歌っている間に戻ってこれなかったら「ナシ」ということで(笑)。
全ては林にかかっています。
それでは、「泣きなよ」。これは20枚ぐらいあるのかな。これはまだありますね。
まあもう売れないとは思いますけれど(苦笑)。
「泣きなよ」、頑張って歌いたいと思います。
M−3:泣きなよ
記念すべきデビューシングル。
エモビ時代から三四六さんを知る身としては、この曲は本当に「名曲」です。
この日はパーカッションも入っていたので、今までのライブ(インストア・下北沢440など)とは
また違った感じの「泣きなよ」を聴くことができました。
ちなみに、「TSUNAMI」の楽譜を探しにいっていた林さん、1コーラス終了時に1回戻ってきたのですが、
ある事を思いついたらしく、再度ホールの外へ。その後「泣きなよ」が終わるまでには戻ってきませんでした…。
「おい林!(林さんまだ到着せず)林が到着していないということで、あ、来たの林?来た?」
「(峯さん)コピーしてる。」
「コピー。な〜にしてるんだよ。そうですか、TSUNAMI。
津波といえば、津波で大変なことになってしまっていますけれど、
(2004年12月26日、インドネシアのスマトラ島沖で大地震と
それに伴う大津波が発生し、多数の被害者が出ています。
犠牲者のご冥福と、被災地の一日も早い復興を祈らせて頂きます)
誰か知り合いでいるっていう人います?津波に遭ったっていう人?大丈夫ですか?」
ここでリスナーの一人が手を挙げました。
「あ、ホント?どうした?」
「(リスナー)英語の先生が、外国人の先生なんですけれど、隣の島で津波に遭ったという。」
「ホント?あ、津波に遭ったということは、帰ってきたんだな?」
「(リスナー)はい。」
「よかったねえ〜。それ英語でなんて言うんだ?(笑)
英語の先生だったら英語で言うだろ。なんて言うんだ?」
「(リスナー)…(しばし無言)」
「…No Problem!(笑)」
「そうか、「津波に遭う」ってやっぱり「meet」を使うのかな?「meet-met-met」を使うのかな?
違うかな?違うな。「遭った」という受動態、
「〜+p.p.k.(過去分詞です。正式な略称はp.p.なのですが(苦笑))」とかそういうのあるよな。(笑)
何でお前ら知らないんだよ〜」(結構学生陣のリスナーも多かったです)
(ここで林さん戻ってくる)
「来た?来た来た?よし。じゃ「TSUNAMI」。
むこうではね、フォークミュージシャンが、タイのフォークミュージシャンが、
今回の津波のことを歌って、大ヒットしているんだ、ラジオで。
大ヒットって言ってもCDになってない状態だけど、リクエストがすごくて。
またこれね、すごく、あのね音はいいんだよ。フォークソングで。
歌詞を日本語に直すとね、ちょっとね、「えっ?」って言う感じで(苦笑)。
「♪津波ってえ〜何だ〜」「♪寿司は知ってるけど〜」たいな(苦笑)。違うんだよなあ。
「津波(TSUNAMI)」って世界共通の言葉だっていうことを今回知りましたけれどね。
ちょっと何?音はなんだこれ?DだD。
「あ〜」高いけどいってみようか。じゃちょっと歌うよ。(場内拍手)
M−4:TSUNAMI(桑田佳祐のモノマネで1コーラスのみ)
三四六さんの十八番、サザン・桑田佳祐さんのモノマネ。
三四六さんがやる桑田さんのモノマネは何回か見ましたが、やはり絶品です。
ちなみに、この前に自分が見たサザンのモノマネは以下の曲。
「YaYa〜あの時代を忘れない〜」
(2004/8/21・平安堂茅野店インストアライブ)(2004/12/15・下北沢440イベントライブ「Una
Voce Vol.2」)
(大拍手)
「オリジナルを歌った時よりも拍手が多いという(笑)。
この現象はね。未だに自分は物まねタレントなのかと思いますけれどね。
まあしかしこの、サザンオールスターズ、大したことありませんよ。
ハクション大魔王と同じ声ですから(笑)。
(ハクション大魔王のマネで)「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、ハクション大魔王でございますよ。」
(直後に桑田さんのマネで)「♪見つめ合うと〜」一緒ですから(笑)。
一緒一緒。みーんな一緒。」
【今が輝かないのなら〜スペシャルオリンピックス(SO)に関して】
「まあね、間もなく時間も押し迫ってまいりましたけれど。」
「(リスナー)え〜。」
「(みわみわさん&自分の方を向いて)うるさいよお前。わざわざ船橋から来て。
千葉県から来たんだよな(みわみわさんのことです)。神奈川県(これは自分です)と千葉県からも来ています。
神奈川県、千葉県地方の「今が輝かないのなら」の署名運動を主にやってくれたんだよな。」
「(みわみわさん)はい。」「(自分…最敬礼)」
「ありがとうございます。(拍手…この拍手は本当に嬉しかったです。皆さんありがとうございます。)
(みわみわさんを見て)相変わらずお前は左門豊作みたいだな。」
「(みわみわさん)メガネは取れたけど。」
「メガネかけてこい!「星君!弟にあげるメシがないですたい!」(笑)
ね、巨人の星に左門豊作って出てきますけれどね。」
「今が輝かないのなら」、これが(SOの)サポートソングになりました。
SO!SOって全然知らなかったなあ。
これは本当に、デフリンピック(耳が聞こえない人のオリンピックです)っていうのがあったりとか、
色々あって、まあラジオで(番組)やってますから、耳が聞こえない方は、大変な思いをされているのを
ひしひしと感じますし、目が見えない方は、それでもこの番組を聴いてくださっている方は、
手紙を点字でくれたりとかして、本当に心強いというか、勉強になっちゃっています、逆に。
そういう4年間をこのグルフラで過ごさせて頂きました。
今日はね、声を大にして言いたいことがある。
まあこの歌が、皆さんのおかげでシングル化されて、3500枚も売れて、
今は35000枚、35万枚とかそういうのが普通の世界でやっている人しか、
テレビの画面には(出てこない)、(「今輝」は)CDショップに並ばない世界だから、
これはしょうがないんだけれど、そんな事を俺は求めてないんで、別にこれはこれでいいと思っている。
3500枚という大変な方々がこのCDを聴いてくれているわけで、
これが(SOの)公式サポートソングになって、SOを色々勉強致しました。
開会式で僕は行って何かをするみたいですけれど、
まあその、なんて言うんだろ?
この間ね、僕の放送を聴いていればわかると思うけれど、
「SOについてすごく勉強になっちゃった。今回知らなかったので。」ということを
一番最初の4時のコーナーで話をしたんだよね。
コラムのコーナー(グルフラ内「三四六のPick Up Column」です)で。
それに対してですね、1枚のこんなメールが来たんだよね。
「三四六さんは、SOについて、美化しすぎでありますので、聴いてられなくてメール致しました。」
「ほぉ〜」と思ったわけだ。
僕らはこのSOというのは、知的障害、知的発達障害、これは自分で、
障害というのは、まあ、いわゆる五体満足な人から見た不自由な、といわれる方々が持っている、
色々なハンディキャップがありますが、これが認知出来ない。
自分は、そういう障害を持っているんだということを認知出来ない。
3歳だったら3歳のまま。30歳になっても50歳になっても、3歳や4歳の気持ちのままで生活をしている、
というわけなんだね。
だから、無垢なまま、わかってないんだよね。自分がそういう境遇で人生を全うしようとしてるということを。
「三四六さんはそれを知っていますか?」という事を書いてあるから、
「ああ、知ってるさ。」と思ったけれども、
「そして、三四六さん、SOがどれだけ赤字を出しているか知っていますか?
結局、このSOを日本でやる、長野でやるということで、
国の金を動かす、税金を投入する、それが無理になって、○○の会社に借金をする。
それでもまだ赤字で、そういう状況でやっているんですよ。」みたいなことが書いてあった。
「あなたは何が言いたい?」
俺はこのままそれを読んで、放送してしまったらケンカになると思ったんで、
ぐっとこらえて、1週間、このメールのことをずーっと考えていた。
「これは何を言っているのか?」と。
結局放送では言わなかったんだけれども、これは伝えていかなければいけないと思った。
こういう場でね。放送では言えなかったけれど。
あのさ、俺は仕事をしていてさ、ラジオで喋ってるわけだからさ、何を伝えなきゃいけないかって言ったら、
SOという行事があって、それをちゃんと伝えて、こういう人たちが頑張っていると言うことを伝えて、
それで「応援しようよ」ということを先導する。それが、はっきり言ってしまえば、
単純に言えば、僕の役割な訳。
「美化して何が悪いんだ?」美化してないけど。
借金?知ってるよそんなもん。
今回このSOをやるにあたって、色々な人とふれあいました。
長野青年会議所の方々、TV局の方々、ボランティアの方々、色々な人とふれあいました。
ビタ一文の金にもならないんだよ。
だけど、家庭を顧みずに頑張っている、青年会議所の若い面々。
なんとかして長野で成功させるんだと頑張っている面々はいったい何なんだ?
「赤字だからなあ〜やってもしょうがないんだけどさ」と思っている人間一人もいないんだよ。
じゃ、そのメールを書いたあなたは、どれだけのことをしたんですか?
「SOについて三四六さんは知らないから、美化してるんだ。
知的障害のことをどれだけ知っているんだ?知らないだろ?あなたはラジオで美化しすぎだ。」
そういうメールを書いたあなたは、家族に知的障害者がいますか?
知的障害の子供を育てたことがありますか?
言ってやりたかったよ。なあ、そうだろ?
「お前はまた金か、金のことを言うのか。借金をしてやる、そんなものやらなきゃいいんだ。」
じゃなんで借金になるんだ?何だと思う、みんな?
何故か知ってる?SOが何で借金するか?赤字になるか?
TVで放送するに、見てられないからなんだよ!
ということは、スポンサーが付かないということなんだよ!わかるだろ?
知的障害者の方々が頑張って走っている姿、TVで見せたところで、
NIKEやadidasは付かないんだよ。
「ベン・ジョンソンが走って世界記録達成!」
「Qちゃん(高橋尚子)が走ってマラソン優勝!その靴は何を履いていた?」
その靴が売れる。だからスポンサー付くんだよ。オリンピックには。
でもSOには付かないのはなんで?金が足りないんだろ?
企業がお金出さないんだよ。宣伝にならないから。
そういうエゴの塊なんだよ。
それでも成功させなければならないと思ってやっている、知的障害者を家族に持つファミリーの方々や、
全然関係ないのに、ボランディア活動している方々がいて支えられてるもんだろ?
そんなことも知らないで、「三四六さん何がわかってるんですか」みたいなメール書いてくる奴、
俺は絶対に許さない。
俺は美化してでも、放送している限りは、単純に、自分の仕事の意義は、
そういうものがあるんだ、だからみんな、長野でやっているんだから、
「金を出せ」って言っているんじゃないんだよ。気持ちを出そうな。
いつ何が起こるかわからないんだよ。自分の身に何が起こるかわからないんだよ。
自分の家族に不幸があるかも知れないんだよ。自分自身を病魔が襲うかも知れないんだよ。
事故に遭うかも知れないんだよ。その時にきっと思うだろうな。
「みんな見て見ぬ振りをしてるな」って。なった人は思うだろうな。
家族を失ったことがある方はわかると思うよ。
俺がそうだった。おばあちゃんが死んだ時、グルフラの放送をしていた。
「ああ、自分の大切な家族が、大好きだった人が、
この世から消えてしまっても、こんな悲しい出来事があったのに、
世界はな〜んも変わらず回ってるんだな」と。これが世界なんだよ。
みんなの周りで誰か人が死んだり、悲しい出来事があったとしても、
世界は何事もなかったように動いているんだよ。
だからせめてさ、「あー、こういったことがあるんだ」と気付いた時には、
お金や手を差しのべなくてもいいんだよ。気持ちをそこに見せればいいんだよ。わかる?
俺はそういうふうな事を伝えたくて、SOのサポーターソングとして
(「今が輝かないのなら」が)なったことに、感謝を感じてるんだよね。
だからここに集まってくれた何十人かだけには、
放送で言えなくてすごく悲しい思いをしたけど、知っておいて頂きたいと思いました。
ありがとうございます。(場内拍手)
この曲がサポートソングになる時に、
「♪今が輝かないのなら 未来なんかいらない」という言葉は、
あまりにも知的発達障害を持っている人には過激だ、といって引っかかったことがあるんです。
それも誤解だよな。まあそのように思ってますんで、
歌っていけば伝わると思います。
それでは、最後になりました。
「今が輝かないのなら」精一杯歌わせて頂きます。
M−5:今が輝かないのなら
SOのサポートソングにも決まったこの曲。
今回、曲の前にこういう話があったことで、より深くこの曲に思いを馳せることができました。
三四六さんもおそらく、色んな思いを込めて歌ったことだろうと思います。
また一つ、深く、かつ真剣に考えなければいけない出来事が増えました。
(拍手の嵐の中)
ありがとうございます!ディレクター・村上雄信!あ、ゴメン、ギタリスト・村上雄信!
パーカッション・エアポート成田!奥さんはまだ帰ってきません!(苦笑)
そして、AD林久美!グルフラのミキサーは峯さん!
他にも、大岩(賢一)さん(FM長野のアナウンサーの方です)とか、
大岩さん誕生日おめでとう!今日放送で言うの忘れた(苦笑:ちなみに大岩アナの誕生日は1月26日です)。
色々な方にお世話になっておりまして、ありがとうございました。
これで心おきなく、この番組を終了することができます。
(リスナー)「え〜?」
長く続くもんじゃないんだ、こういうものはな。
まあ、いざこの番組が終わる時は、何も言わないで終わります。
(リスナー)「え〜?」
「ごきげんよう、さようなら〜!」と言って終わります。
「また来週!」を言わない時は、危ないなと思ってください(笑)。
本当に200回ありがとうございました。これからも力の続く限り頑張っていきたいと思います。
ありがとうございました!」(大拍手)
じゃあ皆さん、長野の夜は早いから(笑)、もう8時になっちゃったし、
外で握手会しながらお別れしましょう!(拍手)
という感じで、当初は30分ほどと言っていましたが、
なんだかんだ言って結局40分ぐらいライブやっていたでしょうか(笑)。
それだけ場内が盛り上がっていたのと、
三四六さんたちの熱い気持ちがあったのだと思います。
ちなみにこの後、ホール出口のところで三四六さん&村上さんとの握手会、サイン会、写真撮影などなど。
自分は同じ関東組のみわみわさんと、長野組で150回時にもご一緒したみわさんと3人で出口へ向かいました。
自分はこの日、グルフラ内の「人生アゲンスト」で幸運にも読まれ、三四六さんから
「空っぽの両手は いっぱいの可能性を持っている」
という色紙を頂戴しました。
自分は三四六さんと村上さんにそのお礼を伝えて、がっちりと握手。
長野組・みわさんは、三四六さんとツーショットで記念撮影。
で、関東組のみわみわさんはと言うと、この時も大いにいじられ、
あっさりと三四六さんに突き飛ばされたのでありました(笑)。
そんなこんなで終わった200回記念のライブ、本当に色々な人たちが集まっていました。
年齢層も幅広く、学生から親子連れ、ちょっとお歳を召されているかな…という方まで。
本当に、三四六さんが長野で幅広く慕われているんだな、そんな感じを持ちながら
名残惜しかったですが、モリヤホールを後にしました。
【「346 Groove Friday」200回記念ライブ
(2005/1/28:IVYスクエア3F・モリヤホール)セットリスト】
1.旅人(未CD化の曲です)
2.大いなるもの
3.泣きなよ
4.TSUNAMI(桑田佳祐のマネで1コーラスのみ)
5.今が輝かないのなら