numero-1


チリのサンチアゴからモアイの島へ。高いエア・チケット代のモトをとるために、機内で浴びるほど缶ビールを飲み、美人スチュワーデスに思いきり嫌われた。到着後、うねるような暑さのなか、フラフラヨロヨロと民宿を探し歩く。ようやく見つけた宿の主人は、僕が金を支払うと、あやしい日本語で、トッテモヨロシクネと言った。

 チリの首都サンチアゴにある国際空港は、早朝ということもあって、南米の空港にしては珍しく閑散としていた。
 ラン・チリ航空のカウンターを探していると、スーツを着た中年男が妙な英語で話しかけてきた。手には何やら分厚いファイルを持っている。
「私、シブといいます。私のお姉さん、イースター島で民宿やってます。あなた、イースター島、行く?」
 そうだよ、と言うと、ファイルを開けて、どこかの宗教の勧誘のように、立ったまま説明をはじめた。
「これ、キッチン。好きなときに使えます。これ、シャワー。もちろん24時間、ホットね。これ、部屋。ビッグなベッド、シーツきれい。掃除、毎日してる、お姉さん。お客さん、島にはどのくらいいる?」
 3週間、と答える。
「普通のお客さんは長くて3泊、だから高い。これ、もったいないよ。お客さんなら、ディスカウントOK。1泊15ドル、どう?」
 僕はとりあえずチェック・インしてから話をしようと言って、彼と別れようとしたが、カウンターまでついてくる。
「ほら、あそこにもツーリストがいるじゃん。あっちに聞いてみれば」
 とか言ってかわそうとしても、「今日はお客さんだけ」とねばって離れない。
 仕方なく、ベンチに座って話を聞いてあげた。15ドルは安い方だとは思うが、ほかの旅行者の情報によると、汚いところなら10ドルを割る宿もあるらしい。
「じゃあ、10ドルで朝食付き、ってことなら手を打つよ。それ以上は払えないから」
「10ドル……お姉さんに、聞いてみる」
「そんなら、向こうに着いてから探すよ。それじゃね」
「わかった、わかった。僕、なんとか10ドルってことにするよ。ほら、ここに、名前プリーズ。今から電話、空港にお姉さん、迎えに来るね」
 僕は彼のメモ帳に名前を書き、民宿の名前が書かれたパンフレットをもらった。それにしても、空港でこんな営業をやっているなんて、まるでアジアのようだな。なんとなく、イースター島の人々の雰囲気が、想像できた。

 飛行機に乗ると、僕の席は一番後ろだった。
「お互い、トイレに近くてなにかと便利な席がとれてよかったな」
 と、僕より遅れて隣に座ったイギリス人が笑いながら話しかけてきた。
「ホントに。最悪だよな、こんな席に900ドルも出してさ」
「お前も900ドル払ったのか」
「そうだよ。ラン・チリ航空の値段には3種類あるらしい。ツーリスト、チリ人、そして島民、ってね。チリ人用のチケットなんか、400ドルくらいだってさ」
「ふざけてるよな。900ドルあったら、英国航空でロンドンからマドリッドまで3往復できるぜ」
 たしかに。日本からヨーロッパにだって行ける。サンチアゴとイースター島を結ぶ便は、ラン・チリ航空の独占路線なので、競争がない分、強気の料金設定になっている。
 こんな高い路線を使うバックパッカーは、よほどのバカか金持ちだと言われているが、金持ちのパッカーなんて聞いたことないから、結局はバカだけがこの飛行機でイースター島を目指すわけだ。僕らのように。
「なあ、ビールは好きか?飲みまくって、少しでも900ドルを取り戻そうぜ。チリじゃ、ビールも高いからな」
 断わる理由はなかった。なぜかこの高級路線に乗ってしまったふたりのパッカーは、離陸してベルト着用サインが消えると、周囲の客やスチュワーデスたちの冷たい視線を浴びながら、二国同盟の規則に従って、一番高いビールを飲みまくった。
 ジョンというそのイギリス人は、何度も南米を旅していて、今回はパタゴニア地方で1ヵ月間トレッキングしてきた、と言っていた。イースター島は幼いころにテレビで見て以来の憧れの地だったらしい。彼はその夢の実現のために900ドルを投じたわけだ。
「そのおかげで、せっかくイースター島に行っても、ホテルに泊まるような金はないんだ。パタゴニアで使っていたテントとキャンプ用品があるから、1週間、それでなんとかするつもり。 釣竿もあるから、魚でも釣ってさ、何とかなるだろ」
「じゃあ、ビールを飲むのも、これが最後だな、しばらくは。まあ、チアーズ!」
「そう、とりあえず、帰りの便までは禁酒だ。チアーズ!」
 乾杯する僕らを、スチュワーデスが迷惑そうに見ていた。世界的に有名な美人の産出国だけに、ラン・チリ航空のスチュワーデスもかなりのレベルで、眉をしかめた美人に睨まれながら飲むビールは、複雑な味がした。

 自分はなぜ900ドルも出してイースター島へ行くのだろう。少し酔った頭で、僕はそんなことを考えていた。
 明確な答えは、おそらくなかった。旅は、1年3ヵ月前にイギリスからはじまっていた。スペイン、ポルトガルとまわり、モロッコのサハラ砂漠にしばらくハマっていた。
 かつてはヨーロッパのなかでも発展途上国っぽさを残していたスペインだが、今はすっかり先進国のようになってしまっていた。どんな山奥に行っても、そこには必ずテレカが使える公衆電話があった。9年前に訪れたころは、首都マドリッドの公衆電話でさえ、たいてい壊れていたのに。
 僕は旅をすればするほど、現在のスペインにあまり魅力を感じなくなっている自分を認めないわけにはいかなくなっていった。
 そんなとき、たまたま出会った日本人パッカーから、中南米の面白い話をたくさん聞かされた。まだまだ無秩序な混沌とした国々の国境を次々と越えていく旅。そこには新たな刺激があるような気がした。南米へ行こうか、それともヨーロッパに残ろうか。サハラ砂漠の小さなホテルの部屋で揺れ動いていた僕の背中を、ある日、何かが押した。
 スペインを出ることにした僕は、まずマイアミに渡り、メキシコから中米に入り、バスでパナマまで下った。
 ベネズエラから南米に入り、エクアドルで再びバスの旅をスタートした。
 南米には、旅人の誰もが憧れるいくつかのメイン・スポットがある。ギアナ高地とガラパゴス諸島、イグアスの滝、アマゾン川、南極、そしてイースター島だ。これらをすべてまわるのには、それなりの時間とお金がかかる。
 当初は年末に日本へ帰るつもりだった僕も、中米の旅の途中でこれらの存在を知ってしまい、帰るに帰れない状態になっていた。せっかくここまで来ているのだから、南米を見ずに帰れるか、というわけのわからん思い込みをかき消すには、僕の理性はちっぽけすぎた。
 ガラパゴス諸島をあきらめることにして、スケジュールを作ってみると、順調にいっても帰国は4月、という恐ろしい結果が出た。こうなると、節約すれば、イースター島や南極に行っても、お金はなんとかなるはず、と信じるしかない。それでも、実際にチリの旅行代理店でチケットの値段を見たときには、かなりビビった。
 物価の高いチリに入る前、ボリビアやペルーでは、1日10ドルくらいでチビチビ暮らしていたのに、いきなり900ドルとは……。

 何度もあきらめようと思った。
 僕はジョンのように、幼いころからイースター島を夢みていたわけではない。残念ながら、かつて古代史研究会に所属していて、モアイの石像に並々ならぬ興味を持っていた、というような過去もない。
 そう、この島に僕がひかれたことに、たいした理由はない。そこにあるのは、「南太平洋上にポツンと浮かんでいる島ってどんなものなんだろう?」というごくシンプルな疑問だけだ。
 その思いは、数ヵ月前に中米の安宿のロビーに貼られていた世界地図を見てから、ずっと頭のどこかに残っていた。ボロボロの色あせた地図のなかで、イースター島はせつないくらい小さかった。何かの間違いで、そこにできてしまったシミのようにも見えた。
 本土からメチャクチャ離れていても、そこはチリであり、南米の一部らしい。そこには、どんな人たちが住んでいて、どんな生活が営まれているのだろう。そんな、中学生のころに地理の授業で感じたようなことが、やたらと気になった。
 そこに行って、ただそっと人々の暮らしを覗いてみたかった。それだけだ。それだけのことに、僕は900ドルを使う決心をした。つい6日前のことだった。「日本から行こうと思ったら、900ドル以上かかるんだぞ!」という、意味がありそうで実はまったくない理屈が、優柔不断な自分を説得するためのリーサル・ウェポンだった。

 ジョンと僕は、ほとんど交代で行ってるとしか思えないくらいトイレに頻繁に通いながら、席に戻ると新しいビールを開けた。
「ほらな、俺たちをこんなトイレに近い席にするから、機内のビールがどんどんなくなっていくんだぜ」
 ジョンが、わけのわからないことを言う。
「そのとおりだ。いいぞ、ジョン。ピーナッツもガンガン食べろよ」
 僕も、よくわからない状態になっている。ジョンが10数本目のビールを注文すると、スチュワーデスがオニのような顔をしてカーテンの向こうに消えて行った。ガチャガチャ、という派手な音がしてから、彼女は両手にプラスチックのコップをふたつ持ってきた。両方とも、ビールが半分くらい入っている。
 彼女はそれを僕とジョンのテーブルにバン、と音をたてて置くと、目も合わせずに再びカーテンの向こう側に消えて行った。ジョンが慌ててそのあとを追ったが、すぐにトボトボと帰ってきた。
「もう、ビールが終わっちゃったんだってさ。最後の1本をふたりで飲めってことらしい」
「それって、スチュワーデスの優しさなのかな。それとも、イヤミかな」
「わからん……」
 どちらにせよ、わがラン・チリ機はもうすぐ島に到着しようとしていた。サンチアゴからわずか4時間のフライトだった。
 島が見えてきた。窓から見える海の色は、クラクラするほどサファイア・ブルーだ。しばらくカリブでエメラルド・グリーンの海ばかり見ていたので、ひときわ新鮮に感じる。

 午後3時。島の小さな空港は、荷物のターンテーブルもなく、木の低い柵越しに係員がコンテナから取り出した荷物を直接受け渡すシステム。僕ら以外の乗客たちは、そのほとんどが島民か、その親戚らしい。
「カルロス、それ俺のだ!」
「違うよ、そのもうひとつ奥のスーツケース、そうそう、ありがとよ、ロイ」
 なんて言葉を交わしながら、手品のようにパッパッと荷物が受け渡されていく。客も作業員もみんなが知り合いだから、割り込み放題。おいおいそんなのありかよ、なんてつぶやいている僕のようなツーリストは、柵のところまでたどり着くこともできず、人の数が減るまでひたすら傍観するしかない。
 出迎えの連中が、ドアを開けて乱入してくる。空港とは名ばかりで、警備員もいなければ、通関担当者もいない無法状態。ハワイやタヒチのように、色とりどりの花で作られたレイを持った人々が、探している相手の名を大声で叫んでいる。
 その向こうでは、僕とジョンを狙う客引き連中が、ズラっと並んでいた。それぞれが持っているボードには、日本語の文字も少なくなかった。「いらっしゃいませ!」「歓迎!日本人大好きです」「ようこそ、モアイの島へ」「親切な民宿ならここ!」などなど、まあスゴイ。
 なかには「近い、安い、おいしい」なんてのもあった。牛丼屋でもあるのか、ここには。

 1時間近く待って、ようやく僕とジョンは荷物を受け取ることができた。外に出ると、客引きたちがあやしげな日本語を口にしながら、ゾンビのように集まってきた。
 みんな、それなりに日本語を知っているようなフリをしているが、まだインドのサンダル売りの少年やモロッコのカーペット屋のレベルには到達していないようだ。安い、とか、まけるよ、とかいう単語はしゃべれても、会話は成り立たない。すぐにスペイン語か、これまたあやしい英語に変わってしまう。
 僕はニブのお姉さんを探して歩き回った。僕のうしろを8人くらいの呼び込みがついてくる。そのうちのひとりのおばさんが、僕の持っている民宿のパンフレットを見て、そこまで車で送っていってあげるわ、と言ってくれた。お姉さんはいないようだったので、その言葉に甘えることにした。ジョンにとりあえずの別れを告げて、ピックアップ・トラックの荷台に座り、強烈な日差しを浴びながら、僕はこの島ではじめての短いドライブを楽しむことになった。
 空港の前を走る道を曲がる。どうやらそこがメイン・ストリートのようだった。商店街、というにはあまりに寂しかったが、とりあえずスーパーやらレンタカー店やら酒屋やらが何軒か並んでいる。そこそこ賑わってるじゃん、と思った途端、メイン・ストリートは終わった。100メートルもないな、たぶん。

 お姉さんの民宿は、海の近くにあった。おばさんに礼を言って、パックを背負い、民宿へと入っていく。中庭に色とりどりの花が咲き乱れる美しい宿だった。庭に面した各部屋の前には、白いデッキ・チェアが並んでいる。悪くないぞ、ニブ。僕はデッキ・チェアで本を読んでいる自分の姿を想像して、思わずニンマリしていた。
 ところが、お姉さんは不機嫌だった。病弱そうな彼女は、青白い顔で僕の話を黙って聞いて、最後にハァ、と深くて大きなため息をついた。
「今日はニブから連絡がないの。だから、あなたのことも知らなかったわ。
 部屋はいくつか空いているけど、うちは最低でも1泊20ドルなのよ。朝食込みなら25ドル。それぞれの部屋にシャワーが付いているしね。それは、長期滞在でも同じ。ディスカウントはあれほどやるなって、あの子にも何度も言ってるのに」
 そして彼女は再び、前のよりも大きなため息をついた。ハァァァァ、と。ため息をつきたいのは僕の方だった。ニブのやつ、今度空港で見かけたら……いやいや、そんなことよりも今夜の宿だ。見かけによらず頑固なお姉さんとの交渉をあきらめ、僕はほかの民宿を探すことにした。
 空港であれほど集まっていた呼び込みも、町中にはひとりもいない。ここでは、空港での商売がすべてのようだ。たしかに、町は空港から少し離れているし、今の僕のような飛び込みの客なんて、ほとんどいないんだろうな。そんなことを考えながら、ハンガロア村を歩く。

 島の物価は高いというウワサを聞いていたので、サンチアゴのスーパーで米やラーメン、缶詰などの食料類を買い込んできていた。重いパックが肩に食い込んでくる。おまけにもうメチャクチャ暑い。チリ本土はあんなに寒かったのになあ。
 地元の人に道を聞きながら、汗だくになりながら、ようやく一軒の民宿へと辿り着いた。さっきのお姉さんがすすめてくれた宿だ。やや中心部からは離れるが、いずれにしてもたいして大きな町ではない。
 声をかけると、奥からノッシノッシと相撲とりのような体格の男が姿を現わした。背が高く、太っていて、ギョロ目で、濃い眉毛で、肌は褐色……まさにイメージどおりのポリネシアの男、という感じだった。向かい合うと、ちょっと怖い。
「ドウシマシタカ?」
 その男、マルティンは日本語でそう言った。ああ、そういえばこの人、空港で他のツーリストを勧誘していたような気がするなあ。僕が事情を説明すると、マルティンはとりあえずリビングへと案内してくれた。
「うちは今、ふたつ部屋が空いてる。両方ともツインだけど、もし長期滞在なら、どちらでも格安で貸せるよ」

 1泊20ドル。それがマルティンの出した条件だった。それじゃ、あのお姉さんのところと同じじゃないか。僕が首を横に振ると、マルティンはよーし、といった表情で、18ドルに下げてきた。シャワーは部屋に付いているし、キッチンも使っていいんだから安いもんさ、と一生懸命に売り込む。いやいや、まだ高いよ。
「わかった。前払いできるなら、15ドルでいい。これ以上は無理だ」
 もっとねばるか、別の宿を探すか。悩んでいる僕の目に、本棚に並んでいる文庫本が飛び込んできた。ここに泊まった日本人が置いていったのだろう。その数、ざっと20冊。持ってきた本は、すぐに読み終わってしまう。あの20冊があったら、どんなに……。
「わかった、それでいいよ」
 本の、懐かしい日本語の誘惑に負けてしまった。重い荷物を背負って、また炎天下の村を歩きたくないという思いもあった。
 そうして、いろんなものに負けた結果、僕はこのマルティン・イー・アニータという民宿に滞在することになった。マルティンはなかなかの商売人で、僕に心変わりのチャンスを与えないように、すぐに契約書めいたものを書き上げ、サインさせ、全額を支払わせた。ちょっと不安だったが、前払いという約束だから仕方ない。
 すべてが終わったとき、マルティンはその怖い顔にはじめて微笑みを浮かべて、こう言った。
「OK、今日からタクはうちのファミリーだ。3週間、一緒に楽しくやっていこう。トッテモヨロシクネ!」
 僕は何だか、この南太平洋に浮かぶ小島にはるばるホームステイにやって来た留学生のような気分になった。