numero-4



民宿に新しい客たちがやってきた。話のあわない日本人商社マン、そして、いきなりディスコに誘ってきたチリ人兄弟。商社マンたちに相場よりも高い部屋代を支払わせたマルティンは、口止めのために僕を食べ物で買収しようとした。「買収には食べ物が一番」。マルティンの突き出した腹が、そう語っていた。


 腹が減った。夢の中でいろんなものを食べていたような気がするけど、それが腹の足しになるわけもなく、朝6時前に目覚めてしまう。今日はサンチャゴからの飛行機が着く日なんで、マルティンはこんな時間からバタバタ動き回っている。どうせまた「おいしい食事付き!」なんて、新しい日本語プレートでも作っているんだろう。
 ここ数日、宿に泊まっている客は、いつも生野菜をバリバリ食べている婦人警官のアンドレアと僕のふたりだけだった。パンとラパヌイ風目玉焼きで朝食を済ませると、ベッドに戻ってラジオを聴いていた。マドンナが映画「エビータ」のテーマを歌っている。甘くて切ないバラードが、パンと卵でいっぱいになった腹が、眠気を誘う。いかん、いかん。そんな生活を送っていると、あっという間にマルティンみたいな身体になってしまうぞ。

 昼になると、マルティンと長女のアナ・リキが、空港から戻ってきた。彼女は何やら大きな荷物を持ちながら、うれしそうにテラスにいる僕に近寄ってきた。
「タク、コンパニエーロスを連れてきたわよ」
 こういうとき、スペイン語ってホントに情緒がないなあ、と思う。日本語で「仲間を連れてきたわよ」と言われたら、「女の子かな、ひとりかな、カワイイかな」なんて、いろいろ想像できる。いやいや、「彼と別れて、イースター島へ傷心旅行に来たの。お願い、誰か私の心を癒して〜ん、って女の子かな」なんてところまで妄想が膨らむことだってあるだろう。でも、コンパニエーロスとハッキリ男性名詞で言われてしまうと、それが複数のオトコ、もしくは男女のグループ、ということが瞬時にわかってしまう。ああ、なんて夢がない言葉なんだコンパニエーロス。

 民宿の新しい客、ふたりの日本人はコロンビアに留学中の商社マンで、バケーションを楽しむために島へ来たそうだ。日本語を話すのは久しぶりだったが、イマイチ話があわない。彼らもそう思ったらしく、お互いにディープな話はしないまま、時が過ぎていった。 マルティンは彼らに気をつかい、何度か話の輪に加わってきた。
   何か腹がたつことでもあったのか、今日はチリ人を小馬鹿にしたような話ばかりする。自分たちラパヌイ人はチリに属してしまっているけれど、チレーノ(チリ人)じゃない。そんな意識が強いから、マルティンがチリ本土の人々のことを口にするとき、チレーノという言葉には「チリのファッキンな奴ら」というニュアンスが感じられる。たしかにルックスひとつとっても、マルティンたちをチレーノと呼ぶのは無理がある。白人っぽいチリ人に対して、マルティンやアニータはゴーギャンの絵に登場しそうな褐色肌肥満体系。子供のフランシスコもリロイも、もうすでにゴーギャンのモデルとして十分にやっていける体型になっている。

 マルティンは、相変わらず妙に優しかった。もう日本人の船はやって来ないだろうし、一体なにをたくらんでいるんだろう。「タク、タク、ちょっと来いよ。ランチにマグロ食べるか?」と食べ物に釣られて台所までついていくと、ガスレンジの上の焼き網に大きなマグロのかたまりが4つものっている。しかも、うまそうな中トロ風。
 「好きなだけ食べろよ」という言葉にイヤな予感を感じつつ、ひとつもらうと、太い腕で残りの3つも皿にのっけてくれる。ますますアヤシイ。奥からアニータまで出てきて、「タクはよく食べるのよねえ、マルティンみたいに」とニヤニヤ笑う。とどめのつもりなのか、マルティンは庭でとれたトマトを抱えてきて、「皮付きが好き?それとも皮はとるか?」だと。戸惑いつつ、「か、か、皮付きポルファボール」と言うと、マルティンは器用に包丁でスルスルとスライスして、別の皿に盛ってくれた。おいおい、どうしたんだ。

 狭い台所で、ふたつの巨大な腹にはさまれる機会は、人生においてそう何度もない。そこから脱出しようとする、マグロとトマトの皿を持った日本人。夫婦が不気味に微笑むほど、こっちは息苦しくなってくる。これは何かの罰ゲームなのか? マルティンは「今日のは、とくにおいしいマグロだぞ」と言いながら、ようやく身体を動かして道をあけてくれた。いったい何匹のマグロを食べれば、彼らのような腹になれるんだろう、いや、なってしまうんだろう。

 そして、夜。マルティンに呼ばれてリビングに行くと、テーブルの上にはオーブンから出したばかりの料理が置かれていた。黄色いケーキのような、弁当箱のような、長方形の物体。
「これ何?」
「とうもろこし粉とチキンとオリーブ、干しブドウで作ったんだ。日本人は好きかな、こういうの」
 ランチのマグロ同様、ものすごい量だ。口に入れてみると、とうもろこしの甘味がかなり強いけど、いける。
「これは日本には絶対にない味だなあ」
「そうか。これは島に代々伝わってきた料理なんだよ」
 驚くべきことに、マルティンはそれを丸ごとプレゼントしてくれた。ほかに食べるものもなかったので、ペロリとたいらげてしまったが、そのあとで何だか恐くなった。やっぱりこれはワナなのかマルティン?

 その答えは、すぐにわかった。マルティンは皿を片付けながら、
「そういえばさ、あの日本人たちに自分の部屋の値段を言ったか?」
と聞いてきた。
「言ってない」
「そうか。言わなくていいからな」

 僕は、商社マンたちが、ひとり1泊25ドル支払っていることを知っていた。僕の15ドルに比べればたしかに高いが、値段の交渉は旅人ひとりひとりが行うべきもので、その結果がどうであれ、他人が口出しする問題ではない。そう思ったから、彼らには何も話さなかった。しかし、これではマルティンに食べ物で買収されたみたいじゃないか。ムカムカしてきたので、はっきり言っておいた。
「はじめからそんなつもりはないし、そういう話は好きじゃない」
 マルティンは、よしよし、という表情を浮かべながら去っていった。全然わかっていないようだ。追いかけて、もう一度言ってやろうかと思ったけど、やめておいた。 僕のスペイン語では細かい心模様をうまく説明できないだろうし、マルティンのアバウトな感性では、そのニュアンスを理解することができないだろう。


 星空を眺めながらテラスで商社マンたちとつまらない会話を交わしていると、やはり今日からこの宿に泊まっている20代のチリ人カップルが庭先に姿を現した。握手をして話しているうちに、彼らが兄妹であることがわかった。そういえば、ギョロっとした目がよく似ている。
 兄のルーベンが「これからディスコに行くんだけど、一緒にどう?」と誘ってきた。妹のヒメも「サンチャゴのアミーガスも来ているの。みんなで行きましょうよ」と言う。アミーガス……女友達が何人かいる、ってことか。なんだよスペイン語、情緒たっぷりじゃん。
 コンパニエーロスという言葉にひどく失望していた僕は、アミーガスという一言に救われた。「バモス!」と言って立ち上がった僕に、ルーベンが耳打ちする。「ヒメのアミーガスは、ブスばっかだぜ」。希望と絶望は、いつも背中合わせだ。日本一絶望的な演歌の詞が書けそうな気分になる。商社マンふたりも一緒にディスコに行くことになり、僕らは街灯のない農道を歩いた。ところで、この村にディスコなんてあったっけ?

 村はずれの暗闇の中に、うっすらと光を放つ小屋があった。近付くと、一応ディスコっぽい音楽が聞こえてくる。5人のブス、いや、アミーガスたちは、入口の前で待っていた。彼女たちはそれぞれスーパーのビニール袋を持っていて、その中にはコーラやラム酒の瓶が入っていた。持ち込みOKのディスコらしい。
 入場料、約300円。わけのわからない夜が、はじまった。このディスコでは、音楽を途中でやめることが流行っているのか、ノリノリのサビ部分で、突然メロディーが途切れ、しばらくして他の曲がはじまる。そしてまた途切れて……という繰り返し。フェード・アウトもフェード・インもあったもんじゃない。踊っていた人々の中には、音楽が終わった瞬間、箱根彫刻の森のブロンズ像のようなポーズで静止して、次の曲を待つ奴もいた。何だか「ダルマさんが転んだ」をやってるみたいだ。

 だんだんイライラしてくるが、みんなはそれが「イカしてるじゃん」と思っているのか、途切れるたびにヒューヒューと歓声をあげて盛り上がる。ブラックライトに女の子たちの白いTシャツが浮かび上がり、なかなかアヤしげな雰囲気で、音楽以外はまあ悪くない。商社マンたちが先に帰るころ、僕はヘロヘロに酔っ払いながら「最後まで曲を流せ!」なんてことを日本語で叫んでいた、らしい。次の日に彼らから聞いた話は、記憶にないことばかりだった。

 ひとつだけ憶えていることがある。たぶん、明け方ごろだろうか。ルーベンたちとディスコを出ると、ひとりのオヤジがやってきて、車で宿まで送ってやろうと言ってきた。
「いくら?」 「タダだよ」
「どうして?」
「おいおい、ここはパスクア島だぜ」。
 そんな酔っ払いとオヤジのやりとりを聞いていたヒメに
「いいじゃない、きっと本当にタダなのよ」
と説得されて、僕らはエスクードに乗り込んだ。ふと、窓の外を見ると、それまで気が付かなかったが、そこら中にものすごい数の人たちがうごめいている。この50歳くらいのオヤジも、そのひとりだったのだろう。

 村人たちにとって、ディスコとは、中に入って踊るものではなく、まわりに集まるものなんだろうか。それにしても、どうしてこのオヤジはタダで送ってくれるんだろう……そう思ったところで、再び記憶は途絶えている。

 ルーベンによれば、オヤジは運転しながら「オレはメイン・ストリートでパン屋をやっている、島で一番うまいパンだから食べにこい」と言っていたそうだ。助手席の僕は何十回も「なんていうパン屋?」と聞き、そのたびに彼は根気よくパン屋の名前を繰り返していたそうだ。オヤジの必死の努力もむなしく、僕はパン屋の名前を一文字たりとも憶えていない。
 飲んで記憶をなくしたことは、それまでに数回しかなかった。完全に何もおぼえていないのは1回。ちなみにそのとき、僕は都内の飲み屋のテーブルの上に寝て、友人たちに「靴下を脱がしてくれい」「何だ何だ、靴下をはかせてくれい」と何度も叫んでいたそうだ。優しい彼らは、キチンと靴下を脱がせたりはかせたりしてくれたらしい。2、3回くらいは。

 翌朝、ルーベンたちと一緒に食事をしていると、彼はワクワクした表情で
「昨日はかわいい子が全然いなかった。タク、今夜も行こうな!」 と言った。ふたりは2週間くらい滞在するらしいが、どうやらルーベンはかなりマジな気持ちで恋人を探しに来たらしい。サンチャゴでは弁護士をしていると言っていたが、大声で早口でがっしりした体格のせいか、とてもそんなふうには見えない。どちらかと言えば、ガサツなスポーツ選手といったイメージだ。
「できればアルゼンチンの女がいいなあ。知ってるか、ブエノスの女は世界中で一番なんだよ。やさしくて、胸も大きい。ヘヘヘ」

 ヒメはそんな兄を、やれやれ、という表情で見ていた。どこかインド人にも通じる顔立ちで、どちらかといえば美人。建築家の卵で、ラテン系にしてはおとなしい性格のようだ。このふたり、台所を使わないという約束で部屋代を値切ったらしく、食事は全てキャンプ道具で作る。朝食はお湯を湧かしてコーヒーをいれ、フライパンでパンを焼いていた。お湯くらいサービスしてやれよマルティン。

 どうやら、マルティンはこの「チレーノ」兄弟が好きになれないらしい。客だからニコニコ受け入れたが、腹の底ではバカにしているようだ。ルーベンも面白いことを言っていた。「今日、島に着いてから、村の外を歩いてみたんだ。道をたずねても、ヒッチハイクしても、島の人たちはみんなすごく親切だった。でもさ、何かが違うんだよ。同じチリでも、僕らとの間には壁のようなものがあるのかな、やっぱり」  ルーベンは、「この島は物価が高いから、本土からいろいろ買い込んできたんだ」と、食料でパンパンにふくれたバッグを見せてくれた。日本では弁護士イコール高収入というイメージがあるけど、チリでは月給13万円程度で、それほどリッチな職業でもないそうだ。米やシリアルや野菜を背負ってまで、はるばる海を越えて恋人を探しに来た男。なぜかモアイの島でアルゼンチン美人に出会えると固く信じている男。素晴らしいじゃないか、ロマンじゃないか。

 ルーベンの熱血奮闘ぶりを見ているだけでも、しばらく楽しい時間を過ごせそうだ。そろそろモアイ観光してみてもいいかな、というささやかな思いは、チリ本土からやってきたナンパ弁護士にあっけなく吹き飛ばされてしまった。モアイたちよ、すまん。どうしても見てほしかったら、君たちの方が自力で村へやってくるしかないかもしれんぞ。