[プロローグ]

 僕(1日2箱)と編集者O(1日1箱)は、日本からの10時間フライト&LAドント・スモーク空港のせいで、ニコチン禁断症状にゼーゼー苦しんでいた。ようやく見つけた喫煙ゾーンは、3月だというのに寒風吹きまくるシベリアのような日陰。僕らはブルブル震えながらタバコに火をつけ、イラストレーターのユリちゃん(たまに1本)がやってくるのを待っていた。

 ユリちゃんのエージェントに、編集者Oが「メキシコと中米を旅していただきたいんですけど」という連絡をしたのは、何と1週間前のことだったらしい。そのときNY在住の彼女は、バケーションの真っ最中。友人が暮らすコスタリカの山奥にいた。電気も電話もない集落から、さらに奥地にある文字どおりの超田舎。エージェントは仕事の話を知らせるために、その集落に近い村の郵便局へ電報を打った。そこから伝令の男が、ムチ打ちまくって馬を走らせること4時間。この素晴らしき21世紀型ITデジタル通信ネットワークのおかげで、彼女は「LA空港に集合せよ」というメッセージを受け取ることができた。

 そんなわけで、空港の出発ロビーに現れたユリちゃんは、ひとりだけ、すでにラテンどっぷり。よく日に焼けていて、コスタリカで見つけたという農民御用達の麦わら帽子をかぶっていた。僕はチェックインを済ませた後、たて続けに3本のタバコを吸ってから、再び全面禁煙空港へと突入していった。

 かつてメキシコシティーに8年暮らしていた編集者Oは、もちろんスペイン語ペラペラ。本人は否定しているが、その発言や行動は他人から見れば、もろメキシカンだ。成田からのJAL機内、僕と彼女は「マジック」という各シートに取り付けられたモニターで、映画を観たりゲームをやったりして、ほとんど言葉を交わさなかった。しかし、LA到着寸前に編集者Oはいきなり、「私、メキシコに着いたら人間が変わりますから、覚悟しておいてくださいっ!」と、まったく意味のわからない変身宣言をした。何をどう覚悟すればいいのやら。

 搭乗を告げるアナウンス。アエロ・カリフォルニア航空に3人が乗り込むと、はやくも機内食の強烈なスパイスの香りが漂ってきた。隣り席のヒゲオヤジが、「オラ、アミーゴ!」とウインクをする。LAなのに、気分はもうメキシコだ。見知らぬ街で、どんな人や風景やハプニングが待っているのだろう。何だかドキドキしてきた。ふと、編集者Oを見てみると、下を向いてニヤけている。いよいよ変身がはじまったらしい。

 機体がフワリと舞い上がる。僕らの旅が、はじまった。



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