近代政治を象徴する旧吉田茂邸は県立公園として、保存されることになりました。
旧吉田茂邸の所有は神奈川県が行い、その活用は私たち大磯町に委託されます。
ガイドボランティア協会も活用検討協議会に参画し、吉田邸の有意義な活用と運営を提案します。


高知自由党の草分け竹内綱の5男として生まれ、3歳の時貿易商吉田健三の養子と
なり、明治20年9歳の時から大磯に住むようになった。駐英大使、外相を歴任し、
昭和21年自由党総裁となり、内閣を組閣。その間終戦処理に努力し、日本国憲法
公布、対日講和条約調印など、日本国の進むべき道を示し、今日の繁栄をもたらした。
昭和40年大磯名誉町民の称号を贈呈され、数多くの吉田学校の門下生が訪れた「吉
田御殿」は昭和26年迎賓館的目的に建替えられ、「吉田五十八」の設計、総ヒノ
キ造りの延300坪の2階建。邸内には昭和35年滄浪閣より五賢堂を移築し、現在
は西園寺公望、吉田茂を加え七賢堂となる。昭和42年10月20日病重くベットに
起き上がり晴れた富士を飽きずに眺め、満足されながら、午後零時10分永眠。
享年89歳