国道45号線は基本的には海岸線を走っていますが、時折 海抜の高いところを通ります。
そこは何の被害も無く、普通のありふれた田舎の日常があります。
しかし、坂を下り開けた港のある場所に近づくとすこーんと何も無い景色が広がります。




広田湾から気仙川をさかのぼった津波は川沿いの気仙中学校の3階まで達していました。





中学校の先で国道45号は大きく右折し、気仙川を渡ります。
気仙大橋も津波で流され、現在は仮設橋が完成し、通行可能になってます。





左側がもとあった気仙大橋。




ここまで来る間、道路はみんなアスファルトが敷かれているけど、津波が引いた後はアスファルトも根こそぎ剥がされ、砂利道だったはず。
ここまで復旧できたのは日本の土木建築のなせる業。

遠くに水門が見えました。




その水門の左側、遠目でも分かるくらい大きな松が1本、残ってます。あれが『奇跡の一本松』のはず。




あたり一面、な〜んにもない。
鉄道とはしばらくあってないけど、このスコーンと抜けた場所のどこかに陸前高田の駅があったはず。
どこかの駐車場だったところに車を停める。ここから一本松まで徒歩です。




一本松のある場所は、もちろん案内板なんかあるわけもなく、遠くまで見渡せる現在は松を目印に皆歩いていきます。
もちろん、道もありません。ぬかるんだ場所を歩きます。
この日は日曜だったから作業のトラックがなかったけど、普通の平日だったら通れないかも??

正面の建物は野外活動センター。隣の体育館?は屋根まで破壊されています。




堤防の内側。外側には数万本の松林があった。




遠く、立ち枯れた松が。本当なら向こう側の景色は見えなかったはず。




橋の正面に一本松。後ろの建物は陸前高田ユースホステル。この建物があったから被害を免れたという説も。




大きいなぁ〜・・・よくぞ生きててくれた!




幹の根元はくぼ地になっていて、水が溜まらない様に常時ポンプで汲み上げていました。




あの大津波から生還した一本松。この先、陸前高田の復興を見届けて欲しい。




一本松に行く道のりには看板や案内等はありません。皆さん、一本松目指して歩ける場所を歩いています。
私も警察官が先を歩いていたので、付いて行ったら辿り着いたって感じ。
帰り際も国道沿いでおじさんに『一本松に行くにはこっちですか?』と聞かれました。
泥だらけの場所もあるので、おしゃれな靴では行かない方がいいかな。(10月9日現在)




三角の建物は道の駅高田松原
2005年の帰省時に、寄ってるんだよね。まさかこんなになろうとは。





道の駅の並びもこんな感じ。左の奥には野球場もあります。地盤沈下を起こして常時海水が溜まってます。




ここから私が運転。カメラは娘に託してるんで、欲しい景色やアングルじゃなかったりした・・・^^:
しばらく走って道の駅さんりく。そうそう、ここもこの前来た!夜ご飯の麺類食べたんだよね〜。
道の駅の夜は早いって気付かされた場所(笑)。




唐丹湾のすぐ近くの唐丹小学校。台形の建物は体育館?津波でぼろぼろ。




その先には南リアス線の唐丹駅。駅舎自体は高架上にあったため無事。地下道の天井まで津波が押し寄せたそう。




この時点で午後2時。6時半の八戸入りが怪しくなってきた^^;
各都市での停車を諦め、三陸自動車道の無料開放区間をフルに活用し、ショートカット。
さて間に合うでしょうか?まだまだ9日は続く。





10/9A 10/9C







検索で辿り着いた方は
TOPへどうぞ