中瀬をあとにして、渡波方面へ。ここは地盤沈下が著しく、時間に寄って道路や住宅街が冠水してしまう地区。
道路は盛り土がされ、その上にアスファルトを敷き直し、冠水しないように高くなっています。
しかし、住宅から道路へは短いスロープが作られているので、水は低い住宅地に流れ込みます。
簡易補修とは言えこれじゃあ住宅地に水が溜まると引かないんじゃないか?
商店やコンビニも再開していましたが、入り口には冠水対策で土嚢が置いてありました。

国道398号を女川方面へ。水面がホント、近いです。今回通ったルート↓
『×』印は、新北上大橋。津波で落橋し通行止めです。そのたもとに7割の生徒が死亡・行方不明になった大川小学校があります。





女川の入り口付近。一気に様相が変わります。
駐車場だったであろう場所に車を停めての撮影ですが、直ぐうしろで土台だけになった家に、その家族が訪れていて、
何か一生懸命探している姿がありました。のん気に写真を撮ってる自分が恥ずかしくて1枚だけ撮って直ぐに車を走らせました。




女川町立病院の駐車場からの撮影。海抜15mとも20mとも言われていますが、この駐車場は病院より数m低い地にあります。
津波は駐車場を超え、病院1階にまで達したようです。




瓦礫は撤去されていましたが、コンクリート造のビルや鉄骨造の倉庫類はまだまだそのままでした。
3階建てのビルが“こてっ”と転がるように倒れてました。





左側に見える四角も、倒れた建物の土台側です。




こちら側(石巻方向)から来ました。奥まで津波が到達したのが分かります。




奥の高台人建つ住宅は被害を免れたように見えます。

石巻と違って建物が破壊されない床上浸水が
ここ女川や昨日訪れた南三陸町では無い気がします。
津波の勢いが凄く、津波が被れば全壊もしくは
1階は全壊になったのかも。

だから泥かきのボランティアも居ないんだよね。
ぱらぱら重機が動いているけど町の人が居ない。
居るのは写真を撮ってる人くらい。














建物に欠陥があったから倒れたわけではなく、女川は15m以上の津波が押し寄せ、
何度も押し波と引き波が繰り返されて建物の土台から引き剥がされ倒壊したようです。









雄勝町水浜。130戸の集落がほぼ壊滅。しかし、380名の住民のうち殆どが津波到達前に高台に避難し無事。
長年の『地震があったら津波の用心』と地域全体で心得ているそう。














雄勝町中心部。公民館の上にバスが乗ったまま。




雄勝硯伝統産業会館。1階のホールの屋根に乗ってるのはドラックの箱の部分。日水の冷凍食品と書いてありました。




雄勝小学校。建物全体を全て津波が飲み込んだ。




雄勝町に入る直前に旦那から電話があり、そろそろ終わりそうだと(この日もお昼で終了)。
門脇の方で作業してるから、現地解散もOKだから近くに居たら拾ってと。門脇・・・・石巻港の方ですね(汗)。

無理無理〜今 全然逆方向にいるから〜。そのまま大学戻ってくれた方が全然良いから〜〜。
ってか雄勝町から大学まで1時間近く掛かりますよ?>多分。

旦那も諦めて大学に戻ると。おにぎり食べて待ってるって。
そりゃ!急いで戻らねばッ!!山道は普通に快適に走れましたがっ北上川に近づくにつれ、田んぼらしき場所が湖になってました。
運転してたので写真少な目ですが、北上川にぶつかる地点の正面が新北上大橋。
橋は渡れず、大川小学校方面も一般車通行止めで行けません。左折し土手沿いを延々10km近く走ります。
こんなガタガタ道で時速30km以下。このまま10km走るとは?!






このあたりは川をさかのぼった津波と陸地から押し寄せた津波とに挟み撃ちにされて橋・土手・建物、全て押し流された場所。
右の川の水面より、左の田んぼの方が低くなってます。土手も削られたから余計低く感じる場所。






何の建物でしょう・・・・。右方向から津波が押し寄せたんでしょうね。周りの水は湖じゃありません。多分、元田んぼ。

10kmガタガタ道か〜と憂鬱になりましたが、それも所々であとはアスファルトが残る土手の道でした。
北上川には津波で押し流されたであろう物体があちこち沈んでいました。

やっぱり電話から1時間掛かって大学に到着。旦那、おにぎり食べてました。



<<ここからは旦那の話>>

朝、受付へ行くと前日に作業したメンバーの方々もいらして、
この日も一緒に作業を行ったようです。

←わらわら集まって出発を待つ、の図

この日も前日同様、門脇地区での作業。
旦那は方向音痴なんで前日とは全く違う場所という認識でしたが、
実はそう遠くない場所での作業でした。

門脇地区は海に近く、被害が大きかった場所です。



昨日のメンバーとほぼ同じだったそうで、イロイロと皆さん職業とかボランティアに来た理由とか話が弾んだようです。
2日目のお宅も1階が津波で洗われ、窓ガラスが割れてしまってます。コンパネとブルーシートで簡易窓。
この日の作業はニーズ票にあった依頼内容とは別な作業を依頼されてしまったようで、一同唖然状態だったとか。

お昼には終了して無いけど終了(笑)。軽く雑談をして大学へ戻ったようです。


この日はナイロンのズボンを貰ったようです。支援物資として入ってくるらしい。
今回のメンバーのうち何人かはまた7月に来るそうです。
汚れては無いけど汗をかいてたので道の駅上品の郷で旦那だけお風呂。日曜なので道の駅は賑わってました。

今回、物資を届ける際に下ろし忘れ・渡し忘れがものすごーく多くて、その恩恵をMさんが受けてくれました(笑)。
このあとも別の方に渡すものを渡し忘れ、Mさん宅にそっと置いて行きました。ヤバイくらいに物忘れ多し。


カメラのキタムラの交差点はすっかり信号も回復し、道も復活していました。





3ヶ月前、大穴が開いてしまった場所もすっかり埋め戻されて通れるようになってます。






午後4時には東北道古川ICに入り、一路関東へ。特に渋滞も無く福島入りしましたが、関東に入って渋滞発生。
私は睡魔に襲われ爆睡中。都内も渋滞してて家に着いたのが23時ちょうど。
走行距離1200kmの長旅が終了〜。お疲れ様でした。



着実に復興へと進んで行ってると思います。でもまだまだです。何もかも足りないです。お金も物も人の手も。
旦那は帰宅後、恋する乙女(?)のように石巻に恋してしまったようで(げー)、また行きたい、また行く!と連呼しています。
偶然、1週間遅れで石巻に行った姪の旦那も石巻病に掛かってしまい(笑)、また行きたい!を連呼しているそうです。
ウチの旦那と一緒に行ってやって・・・・・。

もしコレを見て『行ってみようかな〜』と思ったそこの貴方!!ぜひ 被災地に行って下さい。
別にボランティアをするだけが支援ではないです。観光だって立派な支援。地元でばんばんお金を使ってください。
そして街をその目に焼き付けてください。数年後、見事復興した街を見て、心の中でBefore/Afterを完結してみてください。

今後もKotuKotu会員として(いつ会員になった?!(笑))支援は続けさせていただきます。











6/12石巻市内 10/8雄勝




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