29/NOV/1965 - 25/APR/1992
尾崎がこの世に残した全71曲、その全ての詩も旋律も彼によって作り上げられた。
尾崎の曲や行動は社会への代弁者としてカリスマ的な存在として取り上げられ当時の社会現象となっていた。
僕が彼を初めて知ったのは1986年。中学生の時だった…
1983年に「15の夜」でデビューしてから3年が経過した頃であり
彼が突然活動を休止しニューヨークへと旅立った年でもあった。
家庭や学校・日本という社会においての自分の立場について悩みもがいていた時、
尾崎の「僕が僕であるために」を聞いた。
全身に衝撃が走った。あれからいつでも自分と共にあった彼の言葉はいつも支えとなり僕を救ってくれた。
そんな尾崎が残してくれた想いは僕と同じように共感した全ての人たちの中で永遠となっていることだろう。
彼は1992年4月に突然姿を消してしまったが終わりではなく伝説となってこれからも走り続けていくことだろう。

その伝説は1980年2月25日…彼が14歳の時から静かに始まる…

人を見かけだけで判断したり、学校の成績だけで人の価値を計ろうとする…。
そんな行為が人を孤独にしてしまう。
何もしていないのにその存在すら否定される・・・。
このページに来たあなたにも、そんな経験はないだろうか・・・。
今はもう、使われない言葉になってしまったが、僕が学生の頃には落ちこぼれや落第、不良などという言葉があった。
僕は、学校での勉強がとても苦手だったため、常に劣等感を抱いていた。
家庭や社会からの疎外感・・・
人格がどんどん荒んでいく
僕は同じような気持ちを抱えた仲間を助ける事が出来なかった。
すべてがそうではないが、教師や社会の大人たちの中には少し人と違っているだけで、
さまざまなレッテルをはり、マイノリティをおかしな存在だと決め付ける。

あの時に出来なかった自分が、今出来る事をしてみたい。
そう思った事がこのホームページを作るきっかけになった。

なんの役にも立たないだろうけど、世の中に発信することができる。
それだけでもなんだか気分が落ち着くのかもしれない。

そして尾崎豊という歌手のおかげで僕は救われた。
そんな彼の世界感を紹介したい。


時代は変わっても、尾崎の思いは伝わるはずだから・・・・。