本報告はEMCA的な観点から二つのビデオデータを分析して、EMCAによるアプローチが法実践に関する新たな知見を生み出す可能性を示唆するものである。
まず、米国のレイプ事件(ケネディ・スミスレイプ事件)の刑事裁判における反対尋問のデータである。裁判員制度導入に合わせて、日本でも反対尋問の方法についての法実務家向けのテキストブックが多数出版されているが、そこでは反対尋問とは誘導尋問(YES/NO質問)のみを使って証人の返答をコントロールしていくテクニックであることが強調されている。そうしたテキストに記載された想定尋問会話では、例外なく、「質問形式に適合」した「優先的」返答(type-conforming and preferredresponses)のみがなされることが想定され、いわゆるオープン質問(Wh−質問など)をおこなってYes/Noの質問形式の枠を超える返答(non-conforming responses)を証人にさせることは、反対尋問の失敗事例として描かれている。しかし、レイプ事件のビデオデータに見られるように、Yes/No質問に対してYes/Noの枠を超える返答は頻繁になされており、そのような返答に対して、尋問者は法廷場面特有の方法(ethno-methodology)でそれに対処していることが観察できる。弁護士向けテキストブックに描かれた反対尋問のやり取りは、「専門家の相互行為知識ストック」(A.Pelakyla)を構成しており、EMCAの観点による質的分析がこの知識ストックの批判的再構成に貢献できる可能性がある。また、そうした知見は法科大学院などでの法実務のトレーニングに利用することができるかもしれない。
もう一つは、NHKドキュメント「あなたは死刑を宣告できますか」での裁判員裁判の評議場面である。これは模擬評議であり、実際の評議場面はわずかであり編集されているとはいえ、真実味のある環境の中で市民の裁判員と裁判官とが真剣に評議をおこなっている。裁判員制度導入直前まで全国500回程度行われたといわれる法曹三者合同の模擬裁判について、日弁連の委員として関わった言語学者の堀田秀吾氏が、手に入れられた大量の模擬評議の会話データを計量的に分析して最近公表されている。このテクスト・マイニング手法による計量的分析のなかで、裁判官と裁判員のコミュニケーションにみられる発話行為の分類に基づいて対応分析が行われている。その中には、たとえば、「他者の発言への補足」という発話行為カテゴリーがあり、陪席裁判官が頻繁に行う発言であるという知見が得られている。NHKドキュメントの中でも、陪席裁判官の一人によって何度も裁判員の発言や実演への「補足」が行われていることが観察できるが、実際の会話の流れを分析してみると、そこでは「補足」以上の活動(裁判員の意見に仮託しつつ法的な視点を導入する、裁判員たちの実演活動を定式化してその法的意味を確定させる、など)が行われ、それが評決に対して重要な意味をもっていることが分かる。このように、法実践についての定量的な分析とともに、EMCAに基づいて発話の流れを詳細に分析していく質的なアプローチによって、法実践についての新たな知見が得られる可能性があるだろう。(以上)