追悼

千葉正士先生を偲んで

北村 隆憲(東海大学)

 長く法社会学,法哲学,法人類学の分野で活躍された千葉正

士先生が,去る2009 年12 月17 日享年90 歳で亡くなられまし

た.私は大学院で直接のご指導を戴いた者の一人として,近親

者のみで行われた密葬で最後のお別れをさせて頂くことができ

ました.千葉先生は,万一のことがあっても,ご多忙な学会・

大学関係者に時間を割いて頂くようなご迷惑をかけたくないと

日頃から考えておられた方でした.

 先生は,法哲学の研究から出発されて,戦後できたばかりの

東京都立大学に奉職され,学位論文「学区制度の研究-国家権

力と村落共同体の再編成」から,法社会学・法人類学的な観点

を取り入れた法研究を展開していかれました.こうした研究の

過程で『現代・法人類学』(1969) や『祭りの法社会学』(1970)『ア

ジア法の多元的構造』(1998) 等の著作が生み出されました.大

学院の学生であった私に,海外の学問の輸入だけではなく海外

へ向けて英語で積極的に業績を発表することの重要性を力説さ

れ,ご自身も使われた方法として,海外論文の著者に論文引用

の許可をもらう口実で手紙を積極的に書いて知己を得るという

方法を伝授して頂いたことを想い出します.こうしたお考えは,

Asian Indigenous Law (1986),Legal Pluralism (1989), Legal

Cultures in Human Society (2002)等の英語の著作にも余す

ところなく示されています.また,先生の海外での知名度と影

響力の一端を示すように,先生の法人類学上の研究を紹介する

文献がフランスの出版社より刊行されています(Une

introduction aux cultures juridiques non occidentales, Bruylant,

2000).また,2003 年には,国際的な活動を評価されて,アメ

リカのLaw & Society Association から,the LSA International

Prize を受賞されました.

 当時,都立大学大学院での先生の演習や講義には,他大学か

ら法学以外の社会学や人類学を専攻する学生たちも頻繁に聴講

に訪れ,法現象の社会科学的研究を巡って,先生は異なる大学

や専攻の学生・研究者を媒介する役割も果たされていました.

私自身も学部時代には他大学所属で,図書館の目録で先生の著

作を見つけ聴講の許可を求める手紙をお送りしたところ,許可

と共に研究を鼓舞するお手紙を戴き,その結果,社会学や人類

学専攻の研究者や大学院生とも親しく交流する機会を得ること

ができました.このように先生は,研究上では,法の文化的側

面に着目した日本の法人類学研究の体系的な基礎を築き,例え

ば「法文化」概念を発展・展開させることで,異文化の媒介者

であったと同時に,教育においては,異なる大学・分野の若い

学生・研究者たちに交流の場を与える良き媒介者でもありまし

た.学生や若い研究者への先生の思いは温かく深いものでした.

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私事ながら,私が海外留学をする際に戴いた餞別は,後に奥様

から密かに伺ったところ,実はご自宅のカーテンを取り替える

費用として貯めていらしたものでした(今もご自宅のカーテン

は古いままです).こうしたお気持ちが,私財の寄付により,

スペインのオニャティ国際法社会学研究所(IISL)に,学生・

若手研究者のための奨学金「千葉グラント」を創設させたもの

であることは疑いありません.ここから,アジア法研究を志す

ヨーロッパの大学院生に毎年奨学金が与えられています.さら

に,先生は,積極的な英語での著作や海外学会での発表などを

通じて,法社会学の領域で,世界と日本との媒介者でもありま

した.加えて,法と異領域との媒介の学問的試みも,『スポー

ツ法学序説』(2001)や『法と時間』(2003)といった著作に結

実しています.

 法社会学・法人類学の分野では,千葉先生のお名前は「法文

化」や「法の多元的構造」といった概念と強く結びついていま

す.最近,法社会学にとどまらず法哲学や人類学分野の研究者

の間で千葉理論が再び活発に取り上げられて,新たな研究の展

開が見られます.法と異文化・異分野との媒介者であられた千

葉先生が,あの柔和な瞳を輝かせ,あのとても大きな手でジェ

スチャーを交えながら,喜んでおられる姿が目に浮かびます.