2019News ダイジェスト
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「近江」行
「近江(おおみ)国」とは昔、「万葉集」に「近江海」と記された「琵琶湖」の湖畔の処。飛鳥時代(667年)に「天智天皇」が遷都した「近江大津宮(おうみおおつのみや)」でもある。因みに「行(こう)」とは「ゆくこと:旅」のこと、昨年10月の「会津若松」行(こう)に続いての「旅の便り」。
初日の目的地は「三井寺」、これは「みいでら」と読む。正式には「長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)」といい、7世紀に創建されたとても古い寺である。
まずは「仁王門」、この門は重要文化財である。「仁王門」からの正面にあるのが「金堂」、これは国宝である。1599年(桃山時代)に「豊臣秀吉」の奥さん「北政所(きたのまんどころ)」の寄進によって再建されたという。
その先には「唐院」という場所があり「三重塔」「潅頂堂(かんじょうどう)」「大師堂(だいしどう)」「四脚門」などが建てられている。
広大な「三井寺」の敷地内を巡り、最後は高台にある「観音堂」へ。そこにある「展望台」と書かれた坂道を登ると開けた景色が広がる。写真左の「観音堂」の後ろに広がるのが、今まで見てきた「三井寺」の建造物(見えないが)。右手の方には「琵琶湖」。そして左手向こうに見える山にあるのが「比叡山延暦寺」。そしてその向こうには「西教寺」。これらが「日本天台三総本山」というらしい。
二日目は生憎の雨。午前中の雨中ウオーキング、
目指すのは「紫式部」が記した「源氏物語」が生まれ
たという「石山寺」。この寺は奈良時代の747年に
「聖武天皇」によって建てられたという。「浜大津」駅
から石山坂本線の電車に乗り、終点の「石山寺」駅へ。
駅から寺までは850m、10分ほど歩いて「東大門」に到着。この門は1190年に「源頼朝」の寄進によって建立、重要文化財である。
この「石山寺」の地盤は「石山寺硅灰石(けいかいせき)」と呼ばれる石灰岩でできており、国の天然記念物に指定されている。硅灰石の間の階段を登ってゆくと「多宝塔」が現れる。この塔は「源頼朝」に寄進されたと伝わり、1194年に建立されたという。建立年代が明らかになっている多宝塔の中で最も古いもので国宝に指定されている。
寺の奥に「梅園」があり「紫式部像→」という案内板を便りに、有名女性作家像を探して歩くが見つからない。そしてやっと、「光堂」の下の方に発見。「梅園」の片隅で、しっとりと雨に濡れている様(さま)、それに対して私は「物いふさまも知らず(源氏物語)」。
「紫式部」の脇の階段を降りて下山を始める。途中「西国三十三所観音」という案内板があり、また坂を登ってみる。この坂道はかなり続き、観音様がポツポツと存在している。後から分かったことだが、お寺の西側の斜面は、観音菩薩の住処である「補陀落山(ふだらく さん:せん)」になっているという。つまり、33の観音様があり、西国三十三所観音霊場を詣でるのと同じご利益を得ることができるらしい。
最終日。朝、ホテルをチックアウトし、JR「大津」駅から帰路につく。「米原」駅へと向かうが、一つ前の「彦根」駅にて下車。そう、国宝「彦根城」ウオーキングの試み。
駅から城の「表門橋」まで1km、12分で到着。その後、山(道の左側)を5〜7mも垂直に切り落とし、兵を登れなくした「山切岸」の脇の坂道を進んでゆく。 そして突然現れるのが「天秤櫓(てんびんやぐら)」とそこに架かっている「廊下橋(落とし橋)」。の右が「天秤櫓」、そこには橋の下を通って左折し、橋を渡る(戦いが始まったら橋は落とされるつもりだった)。この「櫓(やぐら)」は左右対称となっており「天秤ばかり(昔の中央支点とした梃子(てこ)のはかり機器)」に似ているからそう呼ばれたという。
「天秤櫓」を通って進んでゆくと石垣の向こうに天守閣が見えてくる。この天守が国宝に指定されている。国宝天守は「姫路城」「松本城」「犬山城」「松江城」とこの「彦根城」である。
これにてウオーキング中心の「近江」行、終了。お寺、遺跡、神社、そしてお城、そこでは飛鳥時代から平安、鎌倉、桃山、江戸、そして明治まで、様々な歴史的ウオッチングができた。まさに「すぽれじゃ」の旅であった。
「讃岐」行
今回の旅は、「二宮」からJR東海道線で「小田原」、「小田原」から東海道新幹線「ひかり」で「名古屋」、そこで新幹線乗り換え「のぞみ」で「岡山」、そこから瀬戸大橋線で瀬戸内海を渡り「丸亀」へ、研究所から5時間で到着した「讃岐国(さぬきのくに)。「讃岐」という国名の由来はいくつかあり、よく解らない。「讃」は「讃美」にあるように「ほめたたえる」こと、「岐」は「道股(ちまた)」の意味があり「道/ところ/場所」。すぽれじゃ的解釈で「褒(ほ)め、称(たた)えられる場所」と考えたい。
まずは「丸亀城」。「丸亀城」は標高66mの
「亀山」に築かれた平山城(ひらやまじろ)、
別名「亀山城」とも呼ばれている。石垣の名城
であり重要文化財、「日本の名城100選」にも
選ばれている(上左写真)。
「大手門」から「見返り坂」と呼ばれる坂を登り、山上へと向かう。この坂、距離は短いが急な坂なので、「こんなに急なのか」と思わず振り返るのでそんな名前が付いているらしい。坂から階段を登り「三の丸」、その北側の石垣は20m以上もそそり立ち、迫力がある。この「三の丸」という「曲輪(くるわ):平場のこと」から「二の丸」へ。ここには「二の丸井戸」があり、その深さ65mだという。そして「本丸」、「丸亀城天守」がある。これは1943年(昭和18年)に国指定となった重要文化財で、四国内でもっとも古い1660年(万治3年)に完成したもの。日本一小さな現存木造天守であるが、中を1階から3階へと急な階段を登れる。
2日目、今回の「讃岐行」の最大のウオーキング、「金刀比羅宮(こんぴらぐう)」参拝である。朝、「丸亀駅」からJR土讃線で25分、「琴平駅」へ。駅から10分くらいで表参道最初の1段に到着。ここから魔の階段ウオーキングが始まる。
最初は左右に土産物屋が並ぶゆったりした石段であるが、113段の「一之坂鳥居」の先から「一ノ坂」と呼ばれる急な石段となる。写真にあるようにここには「石段籠」がある。料金は往復6800円、登り5300円、下り3200円となっており、先の1段から365段「大門」までとなっている。
「大門」の先に「五人百姓」と呼ばれる、飴(加美代飴)を売る店がある。4店しかなかったので聞いてみると1店は本日お休みという。この珍しい「五人百姓」という名前は、お宮の神事における役目らしい。先祖のその功労が称えられ、境内での営業が許された5軒の称号だという。その365段「大門」から431段まで続く約150mは「桜馬場」と呼ばれる。
階段を785段登って「御本宮」に到着(上左写真)。本宮の北東側に人工の高台が広がって展望台になっている。ここからの眺めは絶景。「讃岐平野」、「讃岐富士(飯野山)」、その向こうには「瀬戸内海」が見えている。
階段785段の登り、そしてこの絶景鑑賞で参拝終了、これが多くの参拝者のスケジュールであるが、今回のウオーキングはその先の「奥社」へとトライ。階段登り。 785段から始まる再度階段登りは、さっき登った「御本宮」までの階段よりも急と思える(疲労のせいかも)。そして何とか上り詰めた先に1368段「奥社」は見えてきた。「奥社」の正式名称は「厳魂神社(いづたまじんじゃ)」、海抜421mである。ここからの眺めは素晴らしく、「丸亀城」までなんとか見えた。
そして下山、 9時30分から始めた上り下り、3時間で終了となった。
本日はこれで終了、ではなく「琴平駅」から「善通寺駅」へ電車で5分、次の目的地、「弘法大師空海」の誕生地「善通寺」。「空海」は774年(宝亀5年)にこの地にて生誕。このお寺は唐より帰朝した「空海」が813年(弘仁4年)に建立し、父親の名前「善通(よしみち)」をとって「善通寺」と号したらしい。 「善通寺」は駅から歩いて15分、結構な距離があり、午前中に1368段上り下りした脚に応える。何とか歩き通して「南大門」から入る。右に見えているのが高さ43mの国重要文化財「五重塔」。門の正面奥にあるのが国重要文化財「金堂」。この「東院」の寺域には、樹齢千数百年と伝わる見事な「大楠」がある。この「東院」から100m、隣の「西院」は「空海」が生まれた聖地となる。
最終日は「丸亀」から「高松」へと移動。JR予讃線特急で26分間、9時46分「高松」駅到着。残念ながら本日は雨。大きな荷物はコインロッカーに預け、雨具を準備してバスにて「栗林公園(りつりんこうえん)」へ(上左写真)。この公園は国の特別名勝に指定されている文化財庭園の中で最大の広さをもつという。写真の奥に見える「紫雲山(しうんざん)」を背景として六つの池、十三の築山がある。樹木では様々な「松」が1400本あり、その内の約1000本が約300年に渡って手入れされてきたという。
そして今回最後の訪問地「高松城」、別名「玉藻(たまも)城」へと進む。この城の天守台は残っておらず、現存しているのは海に面した「北の丸」の「月見櫓」「水手御門」「渡櫓(わたりやぐら)」(上右上写真)。それとその反対側「東の丸」の「艮櫓(うしとらやぐら)」(上右下写真)である。これらは国の重要文化財に指定されている。雨の中、急ぎ足で「玉藻の浦」の海城、「高松城」、「玉藻公園」を巡り、これにて「讃岐」行は終了。
「大山」詣り(登山)
今回のウオーキングは伊勢原市の「大山阿夫利神社(下社)」696mから厚木市七沢の「大山山頂」標高1252m にある「大山阿夫利神社(本社)」を目指す。
江戸時代に流行った「大山詣り」、江戸の人口が100万人であった頃、年間20万人もの参拝者が大山を訪れているという。「すぽれじゃ研究所」のすぐ近くの「宇塔坂」という道も、大山へと向かう道「大山道(おおやまどう)」であり、坂の上には「一里塚」の石碑がある。
小田急の「伊勢原」駅からバスで「大山バス停」。そしてケーブルに乗り、「阿夫利神社駅」。そこから階段を登って「大山阿夫利神社(下社)」、そこからスタート。まず急な階段を登る。そして荒れた「登山道」の始まり。その後も一歩一歩登って行く。5-6段登るとハアハア、ゼイゼイ、チョット休憩、その連続。スタートから2時間も過ぎても岩の登山道。雨で景色も見えない。
2時間25分経過、濃い霧の先に鳥居が見えてきた。「山頂本社」まであと少しだ。そして「大山頂上本社」と書かれた石碑(上右写真)に到着。スタートから2時間33分、予定の90分の1.7倍。ハアハア、ゼイゼイの凄絶なウオーキング終了・・・。でも帰りがあるなあ。
帰りは当然であるが「下り坂」。登りはハア-ゼイ
だった私の壮絶な歩きは「下り坂」ではスイスイとなる
(何だったのだろうか)。帰りの下り坂、70分経過、
「見晴台」があるはずだが到達しない。何か「尾根道」
を歩いているようだ(上左写真)。ガスの中、何も見え
ない。105分経過、「二重滝」に到着。落差約10mの滝
で2段に分かれている。昔は修行者の禊(みそぎ)の
行場だったという。滝の隣にあるのが「二重社」という
阿夫利神社の摂社(せっしゃ:本社に縁故の深い神
を祀った神社)。その神は雨乞いの守護神らしい。だから階段の入口の処に「龍」の置物が左右にある。阿と吽の形相である。
115分経過、最後は階段を登り「下社」へ、そしてケーブル駅へ。トータル2時間(120分)の下りウオーキング終了。本当に「おつかれさま」である。