2021 News ダイジェスト②
ウオーキング:三溪園 - 寒川神社 - 箱根 - 秦野 -逗子
2021 News ダイジェスト②
ウオーキング:三溪園 - 寒川神社 - 箱根 - 秦野 -逗子
三溪園(さんけいえん)ウオーキング 2021.2.13
前回の年末は神奈川県の紅葉スポット「大雄山最乗寺」+「震生湖(しんせいこ)」の「紅葉狩(もみじがり)=紅葉見」の報告をしたが、今回は横浜市中区の「三溪園(さんけいえん)」の庭園ウオークの報告。
JR「二宮」から「大船」へ、そこで「根岸線」に乗換、6分で「根岸」駅。そこからバスで10分「本牧」バス停。そこから「三溪園」の入口まで10分、という予定(事前にしっかりと調べた)だったが、何と、通りを1本間違えて迷子。携帯の地図で何とか位置を確認して、20分のウオーキング後に「三溪園」到着。
「三溪園」は実業家で茶人であった「原三溪」によって創られた庭園。「外苑施設(1906年一般公開エリア)と「内苑施設(原家の私邸エリア)」があり、京都や鎌倉から移築された歴史的に価値の高い建造物が沢山ある処。
まずは「正門」から入場すると(入場券¥700)、左手には「大池」(上左写真)が広がっている。11時過ぎた時だが、池の表面はうっすらと凍っている。この「大池」と右手の「蓮池」「睡蓮池」の間の道を進んでゆく。
右手に「鶴翔閣(かくしょうかく)」(上右写真)が現れる。これは明治35(1902)年建築の950㎡の「三溪」の住まい。その先から「内苑」が始まり、最初にあるのが「御門」。これは京都の「西方寺」にあった、江戸時代1708年ころに造られた門である。移築は大正の初め頃らしい。この門から入り、その先に「臨春閣(りんしゅんかく)」という重要文化財の「数寄屋園書院造り」の建物があるが、残念ながら修理中。
その先の、秀吉の母の生前墓と言われる1591年建築(重要文化財)の「旧天瑞寺寿塔覆堂(きゅうてんずいじ じゅとうおおいどう)を眺め、小さな河に架かる「亭榭(ていしゃ)」(上左写真)という「あずまや」を通って進む。ちょっとした坂道を登ってゆくと、京都伏見城の大名控え所「月華殿(げっかでん)」(上右写真)、1603年建築、重要文化財である。写真の左手奥に写っているのは「金毛窟(きんもくつ)」という茶室(1918年建築)である。
そこから左手の方を見ると「聴秋閣(ちょうしゅうかく)」(上左写真)。1623年に徳川家光の上洛に際して京都二条城内に建てられていた楼閣建築で重要文化財。その前の樹の紅葉がまだ枝にくっついている状態で、綺麗な景色という感じ。そこから下の方を眺めると、よい感じの小径が続いている。
そのよい感じの小径を少し降りてゆくと「春草廬(しゅんそうろ)」という江戸時代始め頃の茶室(上右写真)。織田信長の弟、織田有楽の作とされる重要文化財。その後、2〜3の建築物をチラッと眺めて「内苑」は終了。「大池」のそばの「雁ヶ音(かりがね)茶屋」へ入り、三溪園ラーメンで昼食。昼食後、直ぐ近くの「山渓記念館」(展示施設)で「原三溪」の歴史や書画などを眺め、先の「茶屋」の右手の坂を登って「外苑」へと進む。
「外苑」、まずは一番高いところの展望台「松風閣」へと登ってゆく。。展望台の処から少し下の方へと降りてゆくと「旧燈明寺三重塔」。これは室町時代(1457年)に京都の「燈明寺」に建てられたもので、三溪園で最も古い建物で重要文化財。
この「三重塔」の脇から下を眺めると(上左下写真)、「大池」の全体、そしてその向こうには市街地が見えている。
そこから山路の階段で下へと降りてゆくと「沢」があり、その先に合掌造りの「旧矢箆原(やのはら)家住宅」が現れてくる。これは江戸時代後期の「飛騨白川郷」の一部にあった民家で重要文化財。ダム建築の水没地域にあったため、1960年に移築したらしい。ここは内部見学ができ、ボランティアのひとが案内、説明してくれる。囲炉裏には炭火が熾されており、すごく良い感じであった。
合掌造りの家から「大池」の方へと進むと、右手に重要文化財「旧燈明寺本堂」。これは「三重塔」と同じ室町時代の「燈明寺」にあったもの。その前の道には、1月というのに梅の花が咲いていた。その先にある「観心橋」を渡って「大池」中央の小島にある「滴花亭」へ。
「大池」の「畔」(ほとり)」を眺めると、赤い「鯉」、黒い「カモ」、突然飛んできた「アオサギ」。なんか、すごく良い気分の感じ。
よい気分、感じ、連続の「三溪園」ウオーキングこれにて終了。道を間違えずにバス停へ。今度は紅葉の時期に訪れたい処であった。
寒川神社ウオーキング 2021.6.29
今回報告の「日帰り近場ウオーキング」は神奈川県高座郡寒川町、1600年前に創建されたという「相模國一之宮寒川神社」。JR東海道線で「茅ヶ崎」駅へと進み、そこで相模線に乗り換えて8分で「寒川」駅。家を出てから1時間くらいでスタート地点、近い処のウオーキングである。まず「寒川」駅の南口(東側)を出てから5分、「台湾料理」のお店で昼食(ラーメン)、まずは「腹ごしらえ」である。
昼食後、店の前の47号線(藤沢平塚線)を大山の方へと5分ほど進む。そうすると右手に相模線の踏切(大門踏切)が現れ、踏切を渡ると「一の鳥居」が出現、ここから寒川神社の表参道が始まる。参道は木々に囲まれ良い雰囲気である。しかしこの参道の始まりは「寒川」駅から歩いて15分くらい。ちょっと距離があるなあ、と思ったがこれは現代人の高慢さ。1600年前に創建された神社、つまり始まりは奈良時代より古い。ちょっと調べてみたら、奈良・平安時代の「古代東海道」は平塚市の「四之宮」辺りで相模川を渡り(現在の東海道より3kmほど北)、寒川町の「田端」「一之宮」から北上し、参道の「二の鳥居」の横、「寒川神社」の東を流れる「目久尻川」に沿うように「海老名」方面へと通過と推定されていた。1600年前はこの参道辺りが中心的な街道であったのだ。100年前にできた駅(寒川駅1921年開業)から距離があるなあ、は未熟な感想であった。
5分ほど参道を進んでゆくと「二の鳥居」が現れる。そして5分、「三の鳥居」に到着、参道は850mほど続いていたのだ(上左写真)。「寒川神社」到着である。
寒川神社の「神池橋」を渡り「三の鳥居」をくぐって神社内へと入り、その先の「神門」へと進む。その前の「狛犬」はとても大きなものであった。寒川神社は2回目、今から30年以上前に参拝している。こんな大きな「神門」や「狛犬」は覚えていない。やっぱりボケたか、と思いつつ資料を見ると「神門」は平成5年竣工とある。昭和4年竣工の元の神門は「南門」として移築されたという。
「神門」から中に入り「本殿」にて参拝。手前にあるのは大きな輪っかは、「水無月大祓式」「茅の輪神事」が行われるときくぐる「茅の輪」である。明日がその日だった。そして本殿の奥の方には「神嶽山(かんたけやま)神苑」がある。池などが配置された由緒ある庭園であるが、本殿にてお祓いを受けた者が入場を許される。ちょっと時間が足りないので、残念ながらパス。
「寒川神社」には「源頼朝」より神馬の奉納、その後の「北条氏」から崇敬され、徳川家康より社領を認められた。なんと「武田信玄」が小田原城を攻めるときに、戦勝を祈願して自分の兜と太刀を奉納しているという。なんとまあ、すごい神社である。
「寒川神社」の近くで冬に「ひまわり」を展示する処があると聞いていた。11月頃に8万本も咲く「さむかわ冬のひまわり」イベントである。今はもう夏になるので、場所だけを見ておきたいと思い、地図で探して行ってみた。そしたらなんと、夏なのに「冬のひまわり」が咲いていた(上左写真)。小さめの花が綺麗に沢山あり、感激した(普通、ひまわりは今がシーズンであるが、無いと思っていた物があった、おお〜)。しばらく「ひまわり」を眺め、5分ほど歩いて「宮山緑地」、その中にある「根岸弁財天」をお参りし「寒川」駅へと帰るが、途中、緑が一杯な「さむかわ中央公園」の水が流れる「ロータリーの泉」(上右写真)を眺めながらのウオーキング。そして「寒川」駅の北口に到着。ラーメン昼食後スタートから約2時間の「寒川神社」+「ひまわり」巡りのウオーキングであった。
箱根行 ウオーキング 2021.8.5
今回報告の「箱根行 ウオーキング」は箱根。JR東海道線で「小田原」へと進み、そこで箱根登山電車に乗り換えて14分で「箱根湯本」。そこでまた乗り換えて40分で「強羅」。さらに箱根登山ケーブルカーで10分、「強羅」から「早雲山」。今度は箱根ロープウェイで「大涌谷」。また乗り換えて「桃源台」。そこから箱根海賊船で「箱根町港」。家を出てから3時間半くらいでスタート地点に到着。「箱根町」からスタートし「恩賜公園」、「元箱根」へ。そこから「箱根神社」へ向かい戻る、約4.8kmのウオーキングである。
箱根湯本駅で電車を乗り替えて変えて強羅へと進む。意外と空いていてゆったり。でも休日なら込んでいそう。1つ目の「塔ノ沢」駅、ここには駅から参拝する「深沢銭洗弁財天」がある。
この「箱根登山電車」は「スイッチバック」が3回ほどあり、進行方向が変わって進む。よっぽど急斜面を登って行くのだろう。
「箱根登山電車」は終点「強羅」駅で降り、今度は「箱根登山ケーブルカー」に乗り替え。これもまた急な坂を「早雲山」へと登ってゆく。「早雲山」にて「箱根ロープウェイ」で「大涌谷」へと進む。大涌谷は約3000年前の箱根火山最後の爆発によってできた谷。噴煙が上がり、約130mの谷をロープウェイは越えていく。
「大涌谷」で一旦降り、「くろたまご館」にて名物「黒たまご」を購入(上左写真)。「大涌谷」で違うロープウェイに乗り替えて「芦ノ湖」の方へと進む。ゴンドラからの富士山、美しい(上右写真)。昔(4-50年ほど前)、このロープウェイに乗ったとき、なんかもっと小さなゴンドラだったと思うが、現在は18人乗り、美しいゴンドラ(それを貸切状態)。遠くに「芦ノ湖」が見えてきた。
「桃源台」にてロープウェイ下車。今度は「海賊船」に乗り替え。ゆったりと「芦ノ湖」を進む。船から「駒ヶ岳ロープウェイ」の頂上駅、湖畔にはホテルや水族館が見える。25分ほど船の旅を楽しんで「箱根町港」にて下船。。ここから箱根ウオーキングの始まり。まずは「箱根恩賜公園」へ。
「箱根恩賜公園」は宮内庁が明治時代に「塔ヶ島」と呼ばれた芦ノ湖に突き出した半島に建てた皇族の離宮があった処。戦後、離宮跡地が神奈川県に下賜(かし)され、県が一般に開放した。中央広場には離宮を模した展望館がある。その展望館のテラスからの景色、また富士山が見えている。その裏側、離宮当時からある「二百階段」を降って池のように見える芦ノ湖の縁(へり)へと出て、そこから脇の道を進んでゆく。
200mほど進み、国道1号線の向こうにある「旧東海道箱根杉並木」をちょっとウオーキング。そして「元箱根」に到着。
そこから10分ほど歩いて「箱根神社入口」へ。坂道を進ん
で右手の階段を登り、そして「箱根神社本殿」へ到着。
「本殿」から階段を降り、その先の鳥居への階段を降る。
そして芦ノ湖に立つ「平和の鳥居」へ.この鳥居は1952年、
比較的新しいもの。この鳥居を背景とした記念写真が人気で、
それを撮る人たちが順番を待っている。その為の順番待ちの道まで造られていた。
そこから「元箱根」に戻り、バスで「箱根湯本」、電車で「小田原」へ。今回の箱根ウオーキングで良かったのは「箱根フリーパス(2日券)」の購入(前の日にすぽれじゃ研究所近くのセブン-イレブンで購入)、4600円(小田急の他の駅からのフリーパスもあり)、7-8回ほど乗換をしたが安い感じだった。2日券だったので途中で1拍、次の日の逆回り、など色々活用ができそうだ。
一番残念だったのは帰りの「小田原」。いつものウオーキングのようにちょっと早めの「喉の渇き鎮め(ビール)」を求め店へ。しかし「本日からアルコールを出すことができなくなりました」という店員さん。「え〜」・・・。「コロナ」被害であった。
名水 秦野 ウオーキング 2021.8.31
今回報告の「秦野名水 ウオーキング」は2015年11月から開始したウオーキング(「くも膜下出血」入院、退院後のリハビリとして始めた)、その第250回、それ以前から行っていたサイクリング(152回)の距離と併せると3000kmを達成したのである。3000kmとは北海道の「宗谷岬」から直線距離で「与那国島」。あるHPの記事では、「宗谷岬」から「東京」を経由する道で鹿児島の「枕崎」に到達するという長距離である(ウオーキングで1230km、サイクリングで1780km)。
今回は名水百選の「秦野」ウオーキング、小田急線の「秦野駅」からスタートし近場をグルッと回って6kmというプログラムである。
秦野駅南口から線路に沿った道を東へと進む。赤い屋根の「寿徳寺」を目印に200mほど進むと踏切、それを渡って北へと150mほど進むと「弘法の清水」という涌き水がある。昔、一人の旅の僧が水を恵んでもらおうと、ある家を訪れ、お願いしたが、その家には水が無く、娘さんが水を求めて遠くまで行った。それに感謝して僧が杖で地面を突き、そこから水が湧き出たという。その僧が「弘法大師」であることが後から分かったので、この井戸を「弘法の清水」と呼ぶようになったという。飲んでみたがとても美味しい水であった(ここから7kmほど離れた中井町の「すぽれじゃ研究所」のすぐ近く、大山街道の「宇塔坂」、ここにも弘法大師が杖で出した井戸と「弘法大師堂」がある。こちらの水は飲めないが、お堂の中には石像三体が安置されている)。
「弘法の清水」から南へと1km、「いまいずみほたる公園」、そこから北へ250m、今度は「今泉名水桜公園」に出る。この公園内の「今泉湧水池」は「秦野盆地湧水群(昭和60年に全国名水百選に選ばれる)の中でも最大級の日量2500トンの湧水量を誇るという。この公園は平成17年に秦野市制施行50周年を迎えた記念として整備された、湧水と桜の公園である。
「今泉名水桜公園」から西へ住宅の間を歩いて1km、15分くらいで「兵庫の泉」。これは平成26年に、和田さんという方の自宅の井戸水を利用して整備した湧き水スポット。「兵庫」というのは、和田さんの先祖が戦国時代に「和田兵庫」と名乗っていたことによるという。この隣の「豆腐屋」さんはこの井戸水を利用して豆腐を造っているらしい。
そこから住宅とマンションの脇を通って190m、2分で「どうめい北児童遊園」。その水飲み場が「どうめいの泉」。この辺りには昔、「どうめい湧水」があったが、宅地開発時に解らなくなったらしい。そこで、監視用に掘られた井戸を利用してこの泉が作られたという。
「どうめいの泉」から700m、10分くらい歩いて「出雲大社」に到着。正式には「出雲大社相模分祠」、明治21年(1888年)に「渋沢峠」に鎮座したが、昭和50年(1975年)に現在の処に御遷座したという。そして平成19年(2007年)に「千年の杜(もり)」を造るために、本殿の横の空き地に植樹をする。6年後には立派な森となったという。そして今はその14年後、そんな手づくりの森とは思えない空間である。「本殿」の方からの入口には「鳥居のオブジェ」が置かれ、その奥に「千年の杜」が広がっている。「千年の杜」の中には、地下51mから湧く「ゆずりの水」が流れる水通路があり、その奥には杜の守り神「龍蛇神」の社があり、その手前には「ゆずりの水」が湧き出す「水汲み場」がある。ここも「秦野盆地湧水群」の一つでもでもある
これにて「秦野名水」の探訪は終了。帰りは秦野の「水無川(みずなしがわ)」の河原を楽しむために、「出雲大社」から北へ750m、10分くらい歩いて「緑風橋」へ。そこから「水無川ハイキングコース」となっている河原へと降りる。そこから700m、8分で川の向こうに「秦野市役所」が見えてくる。さらに800m、10分で「秦野駅」到着。スタートしてから3時間(30分ラーメンタイム)、約6kmの「秦野名水 ウオーキング」であった。
逗子 ウオーキング 2021.11.30
今回報告の「逗子ウオーキング」はJR「二宮駅」から「大船駅」へ、そこで乗り替えJR横須賀線で「逗子駅」。そこから「逗子海岸」へと向かい、その後、よく分からない(地図にはあるがストリートビューができない)坂道を登って山の上の公園2箇所、そこからまた分からない道を下って逗子駅へという7.1kmのウオーキング。
逗子駅から550m、7分ほど歩いて「逗子海岸入口」という交差点。そこにあるラ—メン屋さんにて昼食。そこから「シンボルロード」を南下して「逗子海岸」へと進む。右手に「逗子開成中・高校」入口、「逗子海岸入口」から550m、7分で「逗子海岸」に到着。左手の奥には「葉山マリーナ」、右手には半島のような処(後で行く公園はその上)(上右写真)。
浜を歩いて134号線の歩道を進み10分(800m)で「浪子不動園地」に到着。昔は「波切不動」や「白滝不動」と呼ばれていたらしいが、徳富蘆花(とくとみろか)の小説「不如帰(ほととぎす/ふじょき)」の舞台になったことから小説のヒロイン「浪子」の名にちなみ、「浪子不動」と呼ばれるようになったという。だからここには「蘆花之故地」と書かれている。海の方を眺めると「不如帰」と書かれた碑がある(「ほととぎす」という読み方が広まっているが、徳富蘆花自身は少なくとも後年「ふじょき」としたらしい)。
この園地の後ろには高野山真言宗の「高養寺」がある。その左手の脇にある急な階段を登ってゆく。これが「浪子不動ハイキングコース」の始まりである。最初は急な階段であったが、その後は緩やかな坂道。道の横には小さな川が流れていた。そういえば先の「高養寺」は「白滝山高養寺」といって、奥の方に小さな滝があった。この川の水が源流なのだろう。じっくり見てから来れば良かった。
「浪子不動ハイキングコース」という看板が出てくる。この出口の奥が「披露山公園」の駐車場となっている。
「披露山公園」に到着。標高68.9m、展望台からの景色(上右写真)。中央奥の海上に見えるのは「江の島」、そしてその後ろに見えるのが「富士山」(晴れていれば:一番最初の富士山の写真:公園のHPから拝借)。
急な坂を下へと降りるとその下は豪邸が建ち並んでいる街。住所が「逗子小坪3丁目」とあったので後からネットで調べてみると、「中古一戸建て 150坪〜300坪 2億5000万円〜3億円」と6件ほど売りが出ていた。ちょっと歩いている間に豪邸の駐車場に「ポルシェ」を2度も見た。邸宅の辺りを10分、700mほど進み、細い上り坂の先に「大崎公園」。今回の最終目的地に到着。そこからの展望。「披露山公園」の展望と同じように奥に「江の島」、その手前の右手の鎌倉の海岸、その奥に見えているのが「大山」や「丹沢」、そして手前にあるのが「リビエラ逗子マリーナ」。ホテル、マンション、レストラン、そしてマリーナ、凄いリゾート施設である。
「大崎公園」を後にし、大豪邸の立ち並ぶ広い道、その登坂を600mほど進み、先ほどの「披露山公園」の近くへ。海から登ってきた「浪子不動ハイキングコース」とは違う裏道を下る。大変急な下り坂(上左写真)を500m、10分ほど降りる。かなり脚に負担がかかる。その後、道を間違えて、ウロウロしながらやっと見付けた「逗子開成中・高校」の裏を通って「シンボルロード」へ出る。そして「東郷橋」を渡って、交差点「逗子海岸入口」を直進し「亀岡八幡宮」へと進む(上右写真)。急な下り坂から20分以上、1.5kmのウオーキングだった。この神社周辺で乾いた喉を湿らせる予定であったが、どの店も開いていない。しょうがないので、予定より早めの電車で帰宅。まあ、海と山の両方が楽しめたウオーキングであった。江の島の奥に見える富士山、はっきりと見たかったものである。