2021 News ダイジェスト③

伊勢行 長瀞行

 

伊勢行


 ちょっと遠出のNews 「伊勢行」。遠出、宿泊を伴う「行(こう:旅)」、前回は昨年秋の「日光行」。今回の「伊勢行」は「伊勢神宮」と「二見浦」、そして帰りに「松阪」の「城跡」「城番屋敷」「豪商屋敷」訪問が中心となる。今回のNewsでは伊勢の「別宮」と「二見浦」を報告する。


 「小田原」から新幹線で「名古屋」へ(1時間ちょっと)。そこからJR快速「みえ」で「伊勢市」駅へ(1時間30分)。初日は伊勢市にある神宮関連の施設見学。まずはバスにて「神宮の博物館」へ。


 「神宮の博物館」は広い林の中に「神宮徵古(ちょうこ)館」(上左写真)、「神宮農業館」、「神宮美術館」の3つの施設がある。「徵古館」は明治42年開館の歴史と文化の博物館、「農業館」は明治24年に外宮前に創設された日本初の農業博物館を移転、「美術館」は庭の綺麗な新しいもの。

 そして同じ林の中に「倭姫宮(やまとひめのみや)」という内宮の「別宮」がある(上右写真)。これは「天照大神(あまてらすおおみかみ)」の「御杖代(みつえしろ):杖代わりとなって奉仕する者」であった「倭姫命(やまとひめのみこと):女性」を祀ったものらしい。


 「徵古館」からバスにて5分、「月読宮(つきよみのみや)」へ(上左写真)。ここには「内宮(ないくう)=皇大神宮」の4つの別宮が並んでおり、右から「月読荒御魂宮」「月読宮」「伊佐奈岐宮」「伊佐奈弥宮」(全部を写真に撮ることができず、写真では右端が「月読宮」)。ご祭神は「月読尊」、「天照大神」の弟神で、「月を読む」つまり月の満ち欠けを教え、暦を司る神らしい。明日に訪れる予定の「月夜見宮」のご祭神と同じ。

 「月読宮」から本日最後の「猿田彦神社」まではウオーキング、10分ちょっとで到着(上右写真)。ここに祀られた「猿田彦大神」は、物事の最初に出現し最も善い方へ「おみちびき」になる神様。神社の前中央に八角形の石「方位石=古殿地(こでんち)」があり、多くの人が願いをかけて行くという。本日はこれにて終了、バスで伊勢市駅へと戻り、ホテルチェックイン。

 翌日朝、ホテルから歩いて5分の「月夜見宮」を訪問。

ここは「外宮(げくう)=豊受(とようけ)大神宮」の

別宮であり、祀られた神は昨日の「月読宮」と同じ。

この前には大きな「大楠(おおくす)」がある。さらに

宮の右手奥には、土地の開拓の守護神を祀った「高河原

神社」がある。左手の奥に何か小さな鳥居が見えたので

行ってみると、古い割れた木の株と2匹のキツネさんの置物。キツネは五穀豊穣の「お稲荷さん」のお使い。ここは小さな「稲荷神社」となっているのか?  でも説明は何もない。

 「伊勢市」駅へと戻り、JR参宮線で10分程度「二見浦(ふたみのうら)」駅へ。そこから古い街並み(上左写真)を通って海岸へと向かう。歩いていて気になったのが、玄関先に残っていたしめ縄(上右写真)。正月はもうとっくに過ぎているのに片付け忘れかな、と思っていると隣の玄関先にも。後から調べて解ったが、これは一年中飾る伊勢型「しめ縄」。伊勢神宮のお膝元である伊勢では、一年を通して「しめ縄」を飾る風習があるという。なるほど。 

 駅から15分ほど歩いて、海岸沿いの「夫婦岩表参道」を通って、「二見輿玉(ふたみおきたま)神社」の入口(上左写真)に到着。この神社の主祭神は「猿田彦大神」、昨日最後に訪れた神社の神様。でも、ここで一番のシンボルは「夫婦岩(めおといわ)」(上右写真)。その沖合約700mには「猿田彦大神」の「輿玉神石」が沈んでいるらしい。これが何なのか調べてみた。昔々、「天照大神」とそのアシスタント「倭姫宮」(昨日、彼女の宮を詣でた)が「二見浦」に船で訪れたとき、「猿田彦大神」が出迎えた霊石である。昔は海上に岩頭が出ていたが、宝暦年間の津波で沈下、今は暗礁となっている。240m×120m、周囲960m、高さ7mの楕円形の平岩、三箇所に岩柱があり、船で行けば拝むことができるという。私が「夫婦岩」に訪れた時は、風速10m以上の強風であり、潮風に煽(あお)られ、拝むという気分にはなれなかった。


 

 「夫婦岩」から「二見浦」駅へと戻る途中、先ほどの「夫婦岩表参道」に「賓日館(ひんじつかん)」という「貴賓(きひん:身分の高い客)」の宿がある(上左写真)。これは明治20年に建てられた宿で、建物だけでなく庭園も含め、日本の伝統建築の粋を見ることができる。平成22年(2010年)に国の重要文化財に指定され、現在は内部見学が可能。

 「旧客室」や皇族利用の「御殿の間」など見学できるが、なんといっても120畳の「大広間」は凄い空間である(上右写真)。電灯にはシャンデリアが使われ、本格的な能舞台が設けられている。なんと見学した日は「ひな祭り」を迎えるための「ひな人形」が沢山並んでいた(写真に写っている処だけでなく反対側にも、そして他の客室にも一杯)。ひろい「大広間」を楽しんでいると小さな「鳥(多分、メジロ)」が入って来た。おひな様の横の「生け花」、その小枝に止まった。「夫婦岩」では潮風に煽られたが、ここでは美しい「ひな人形」と可愛い「メジロ」が出迎えてくれた。ありがたいことである。

 「二見浦」駅からJRで「伊勢市」駅へと戻り、駅近くの「山口屋」さんで「伊勢うどん」の昼食。そこから徒歩で「外宮(げくう)」へと向かう。ここは「天照大神(あまてらすおおみかみ)」のお食事を司る神の「豊受大神(とようけのおおかみ)」を祀っている。

 まず「火除橋(ひよけばし)」(上左写真)を渡って入ってゆく。この神宮では、「外宮」では左側通行、「内宮」では右側通行となっており、この先の鳥居は左足から入るらしい。

 その鳥居の手前右手に「清盛楠」がある(上右写真)。平清盛が参拝したとき、木の枝が冠に触れたために枝を切らせたということからそんな名前になったらしい。樹齢約1000年、二本のように見えるが一株のクスノキ。


 先の「火除橋」の写真の左奥に見えていた鳥居、その先の鳥居、二つの鳥居を通り(左足から入るの忘れた)、「神楽殿」の前を通って「正宮(しょうぐう)」へ(右写真)。そこからちょっと戻り、右手の「亀石」と言われる池にかけられた大きな石(左写真:亀に似ている)を渡り、正面に現れた98段の階段を登り小高い丘の上へ進む。


 その高い処にあるのが別宮「多賀宮(たかのみや)」

階段を降りて、平安時代の治水と堤防の守護神の別宮「土宮(つちの

みや)」(右写真)、鎌倉時代の蒙古襲来(元寇)に神風を吹かせた

別宮「風宮(かぜのみや)」を参拝。

 その後、北御門口へと進み、一旦外へ出てトイレタイム。そして北御門側の「火除橋」から再度入り直す。こちらが元々の参道だったらしいが、今は裏参道と呼ばれているらしい。この橋の奥に見えている「北御門鳥居」の手前を右折して奥へと進む。途中には巨大な樹木が存在している。そして一番奥にある五十鈴川河口の守護神「大津神社」に到着。これにて「外宮」巡り(約1時間)は終了。最初に入って来た表参道の方へと戻り、「外宮前」のバス停から「内宮」へ。


 「外宮前」から「内宮前」のバス停まで15分くらい。そこからちょっと歩いて「内宮」に到着。そして五十鈴川にかかる「宇治橋」(上左写真)を渡って神聖な世界へと入ってゆく。

 橋を渡って右折、芝生と松が綺麗な「神苑」を右手に眺めながら、小さな橋を渡ってその奥の鳥居の処へと進む。と、ここで神宮の警備員が出て来て、しばらく鳥居の処で待っていて下さいという指示。一体何が起こったのか、と思っていると、左手から何人もの神官さが出て来て行進する(上右写真)。

 後からネットで調べてみると、この日から「祈年祭(きねんさい)」が始まり、神宮では「天照大神」をはじめとする神々にお食事をお供えする儀式が行われたらしい。

 神官の行列を見送った鳥居の先、右手には「五十鈴川御手洗い場」

がある。五十鈴川の河原へと降りていける場所、ここで心身を清め

参拝する(水が冷たくて手先を濡らしたのみ)。そしてもう一つの

鳥居、その先の「神楽殿」の前を通って、その奥の「正宮」を目指す。

 その突き当たり、左手の階段の先が「正宮」である。「正宮」は

撮影禁止でこの写真のみであったが、中では先ほどの神官たちが儀式

を行っていた。「正宮」の参拝は一方通行で別の階段を降りる。その先の道には大きな樹木があり、その奥には「御稲御倉」や「外幣殿」という高床式の倉がある。

 そこから「神楽殿」へと戻り、五十鈴川の支流である「島路川」に架かる橋を渡って、別宮「風日折宮(かざひのみのみや)」(上左写真)。この別宮は、外宮の「風宮」と同じ元寇の時、神風を吹かせた神様を祀っている。ここから最初の橋「宇治橋」へと戻る。これにて「内宮」巡り(約1時間30分)終了。「宇治橋」を渡り、バス停に行く前に「おはらい町通り」を進み「おかげ横丁」のいろんな店を見学(上右写真)。因みに写真は、お団子で有名で、明治以来140年受け継がれた「赤福本店」の建物である。

 翌日、JR参宮線にて帰路の途中、「松阪」駅に下車し、「松阪城跡」「城番屋敷」「豪商屋敷」を見学。駅から歩いて15分くらいで「御城番屋敷」へ到着。ここはお城のすぐ手前、東棟10戸、西棟9戸(かつては10戸)の武家屋敷(左写真:松阪城跡から)「松阪城跡」には城の建築物は残っていないが、石垣はしっかりと残っており、その間を通って「本丸」跡の方へと登ってゆく。石垣の上には柵などは無く、見応えがある。ちょっと怖いが。

長瀞(ながとろ)行 2021.10.19〜21

 「松阪城跡」から駅へと戻る途中、「豪商屋敷」を見学(右写真)。ここは「旧長谷川治郎兵衛家」、松阪屈指の豪商で「丹波屋」を屋号とする。屋敷や倉も凄いが、ビックリしたのは庭園。なんと池を中心とした回遊式庭園となっており、離れや茶室がある。大したもんである。


 「松阪」といえば「牛肉」。「松阪牛」はとても高いので、ネットで調べておいた「松阪牛肉中華そば¥1120」を食べようとして、90年も続く中華そば「不二屋」へ行くが、なんと定休日。残念ながら「松阪牛」との出会いはないままに名古屋、そして新幹線で小田原へと帰る。これにて「伊勢行」は終了。

 ちょっと遠出のNews 「長瀞行」。遠出、宿泊を伴う「行(こう:旅)」、前回は今年春の「伊勢行」。この「長瀞行」は、なんと言っても「長瀞ラインくだり」がメイン。そしてその長瀞周辺のウオーキング、秩父三社と呼ばれる神社の二つ「宝登山神社」と「秩父神社」の参拝である。

  まず「二宮」から「湘南新宿ライン」で「熊谷」へ(2時間15分)。そこから秩父鉄道で「長瀞」駅へ(45分)。初日は「宝登山神社」参拝の予定だったが、ある理由でまず「長瀞ラインくだり」。翌日に「宝登山神社」参拝、「長瀞岩畳」ウオーキング、「秩父」へ移動し「秩父神社」参拝。そして最終日、「秩父」から長瀞方面へと戻り、「蓬莱島」ウオーキング。

「長瀞駅」に到着(上左写真)。研究所を9時にスタートして、到着したのは13時31分、4時間30分の長い旅であった。長瀞駅舎は古めかしい感じで,正面の赤いポストが可愛らしい感じであった。

 この駅の裏側に「長瀞ライン」のチケット売り場があり、ちょっと状況を聞いてみると、水不足で明日は運行が中止となるかも、今日の方が良いという。そこで、直ぐ近く(駅から3分)にある宿泊所に荷物をおいて「長瀞ラインくだり」から始めることとした。

 30分ほど運行を待ち、そこから送迎バスで上流へと向かい、「親鼻橋」を渡り、その下からスタートとなる。今日はこの「親鼻くだり」だけで、その先の「高砂くだり」は中止らしい。舟に乗った客は8名、かなり少ない人数だった。そしてスタートすると秩父鉄道の「荒川橋梁」の下を通ってゆく。この橋は秩父鉄道で一番長い橋(大正3年/1914年完成)。花崗岩とレンガを積んで造ってある。

 船頭さんは舟の前と後ろに2人いて、後ろの船頭さんが解説をしてくれる。時折、流れの激しい処を通過してゆく。この流れの激しい処を通過した瞬間、舟の後ろが「ガッツン」。船頭さんもビックリしたようだが、水の少ないときはこういう事が起こると言いながら冗談で和ませてくれる。その後ゆったりとした流れに戻り、前方には「亀の子岩」。

 そして右手の方には二つの滝が見えてくる。残念ながら水不足のためうっすらと水が見えるのみ。「明神の滝」というらしい。そして左手に見えるのが「岩畳(いわだたみ)」。これは「荒川」に沿って幅約50m、長さ約600m続いている岩であり、国指定の名勝・天然記念物に指定されている。20分くらいの運行でライン下り終了。

 翌日、旅館から5分、「長瀞駅前」にある大きな鳥居、それを潜ってさらに10分くらい進んで「宝登山(ほどさん)神社」を目指す。その入口辺りには「相生(あいおい)の松」がある。昭和天皇のご成婚を祝って大正13年(1924年)に青年団が植えた黒松と赤松。そんなに古くはないが綺麗な松である。そこからちょと先、右手に「本殿」へと続く階段がある。

 この神社は、「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が山頂に登って祈る際に「巨犬」が案内し、さらに突然燃えてくる火を消し止めたという。それによって無事、山頂へと登り祈ることができた。この「巨犬」に感謝したが、犬は忽然と姿を消したという。このことから「火止山」の名が起き、のちに「寳(宝)登山」となったらしい。この「本殿」は江戸時代末から明治初頭に造り替えられたという(上左下写真)。「本殿」から下へと降り、右手の丘へと10分くらい歩いて行くと「宝登山ロープウェイ」の乗り場がある。

 それに乗って5分で「宝登山頂駅」、そしてさらに山の上へと進むと「宝登山神社」の「奥宮」にたどり着く。この「奥宮」の前には左右の「狛犬」があるが、これはなんと「オオカミ」であるらしい。そこからもう少し登ると「宝登山」の頂上、497.1mである。山頂からの展望もなかなかよい。遠くには「秩父」の街並みが見えている。


 「長瀞駅」へと戻り、近くの蕎麦屋さんで昼食。本日の午後は「岩畳ウオーキング」。前日に舟で下ってきた「荒川」の岸を上流へと登ってゆく。長さ約600mもある「岩畳」のアップダウンを進んで最後辺りへ。その後、岩の上を離れ川沿いに進んでゆく。途中、標識があり、「上長瀞駅」方面へと進む。そして川を左手に見ながらの林の中の道を進む。この道は「哲学の道」と呼ばれているらしい。1時間くらい川沿いのウォーキング、そして「県立自然の博物館」へ。観覧料200円、安い割には様々な展示物がある。4-50分見学し「上長瀞駅」へ。そこから「秩父鉄道」で20分、「秩父駅」へと向かう。


 「秩父駅」の前が今日の宿泊ホテル。チェックインを済ませ、

すぐ近くの「秩父神社」へとお参り。。そして神社の「大鳥居」

から神社の中へ。その先に「神門」があり、その横に巨大な「

大銀杏」がある。樹齢は約400年、

 「神門」の先に「御本殿」。見事なのは外の壁に彫られた彫刻。「本殿」の、向かって右側には「つなぎの龍」と言われる彫り物がある。昔、龍が暴れたときにこの彫り物の下に水溜まりができ、この彫り物を鎖でつなぎ止めたところ、龍が現れなくなったという(写真では見えないが、ちゃんと鎖も付いている)。作者は名工「左甚五郎」と言われる。

 ホテルに戻り、ホテルの1階で営業をしている居酒屋「庄や」にて夕食。本日はかなり歩き回ったので、早めに休むこととした。

 翌日の朝、「秩父駅」から長瀞方面へと戻り、

「長瀞駅」の一つ先「野上駅」で下車。線路沿い

に長瀞方面へと200mほど戻ると「六地蔵菩薩/六道古墳」がある。古墳としての詳細は不明、墳丘がわずかに残るのみ。そこに「六地蔵菩薩」が祀られている。

 この地蔵菩薩さんから「荒川」沿いの「北桜通り」へと出て、「長瀞駅」方面へと進む。そして10分後、「金石水管橋」の入口に到着。

 「金石水管橋」は車の通ることができない細い橋。長さは157.5m、幅は3.3m(歩道部分の幅2m、高さは19.5m、「荒川」を渡る。右手の景色と左手の景色、かなり高さがある。右手に見えているのが「蓬莱(ほうらい)島」、左手の河原に広がっているのは「長瀞オートキャンプ場」。

 橋を渡って5分ほど歩くと「蓬莱島」の入口に到着。ほとんどこちら側とくっついているが若干の水はある。岩と岩の間に置かれた「板の橋もどき」を利用して島に渡る。小さな島であるが、遊歩道は完備され、下を流れゆく長瀞ラインの舟が見えたりする。そして先ほど渡った「金石水管橋」を下から仰ぎ見ることができる。 

 「蓬莱島」から戻り「金石水管橋」の上から荒川を眺める。橋を渡りきったところで音が聞こえたので振り返ると長瀞ラインの舟。初日にバスで移動して私の乗ったのは「A.親鼻くだり」、到着した「岩畳」から下るのが「B.高砂くだり」である。一昨日中止だったのが復活したんだ。残念、両ルートを乗りたいと思っていたのに・・・。


 「北桜通り」に出て、そこから15分、1.2kmほど歩いて「長瀞駅」に到着。駅の横の食堂でラーメンを食べながら窓の外を見ると蒸気機関車。秩父鉄道では定期的に走っていたのだ。ラーメンと機関車、なかなか良き組合せ。

 「長瀞駅」から52分で「熊谷駅」、そして「湘南ライン」2時間20分で「二宮駅」。「電車」「舟」「ロープウェイ」「蒸気機関車(見ただけ)」、多くの乗り物とウオーキングの旅であった。


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