秋旅:福山-今治-松山-宇和島行 2023.10.16〜19
秋旅:福山-今治-松山-宇和島行 2023.10.16〜19
2023 News ダイジェスト④
秋旅:福山〜松山/ 新宿ウオーク / 原宿-渋谷ウオーク
今回は3泊4日の秋の旅。まず「二宮」-「小田原」-「新大阪」-「福山」、「東海道線普通」-「ひかり」-「こだま」4時間の列車移動。そして広島県の福山から、バス(しまなみライナー)で瀬戸内海を越えて愛媛県の「今治」へ.
「福山駅」に到着後、南口の近くのラーメン屋さんにて昼食。そして駅の北口から直ぐ近くの「福山城」を訪問。立派な天守閣であるが(左写真)、残念ながら天守閣休館日。天守閣をぐるっと回ってみると北側、鉄板張りである(中写真)。4階まで総鉄板張り、日本で唯一。広場の奥にある城らしくない和風建築(右上写真)。これは藩主が使用する風呂場「御湯殿」らしい。写真右の「筋鉄御門」から外へ出て回り込んで見ると、湯上がりに涼み城下を眺望するための石垣からせり出した「高欄(こうらん)」がある(右下写真)。戦前は国宝に指定されていたが、福山空襲で焼失し、現在は外観復元のもの。
「しまなみライナー」15:05で行く予定が、「福山城」天守閣休館日であったため、バスを1本早め14:05福山駅前スタート。乗車客10人ほどで空いていた。バスは「尾道」の方へと進み「向島」「因島」「生口島」「大三島」「伯方島」「大島」と渡り(左写真:後から地図を見て島名が分かった、走っている時は何処の島だったか不明:右の写真は四国から見えた渡ってきた橋)。バスは1時間25分で「今治駅」へと到着。すぐ近くのホテルにて1泊。
翌朝、今治市内のバスにて10分で「今治城」へ(左写真)。左右が堀の通路を通って大きな石垣岩がある「鉄御門」から内部へ。天守の横には「吹揚神社」があり(右写真)、天守開門まで暫く(20分ほど)神社見学。この神社は明治5年(1872年)に鎮座したらしい。天守は9時開館。天守の上からは瀬戸内海を眺めることができた。この城の堀は海と繋がっており海の魚がいるらしい。後から堀の近くで見るとチヌ(黒鯛)らしきものが見えた。釣りをしてみたい・・・。「今治城」から20分ほど歩いて(1.4km)「今治駅」。特急「しおかぜ3号」に乗って35分、「松山駅」に到着。
「松山駅」から市電で「大街道駅」へ。ホテルに荷物を預けて近くのラーメン屋さんへ。鯛塩らあ麺「寿」、ちょっと高めだったが大変美味しい昼食だった。そして市電で「道後温泉」へ。
駅前には「坊ちゃん列車」(左上写真)、その横の方には「坊ちゃんカラクリ時計」がある広場、右の方は足湯である(右上写真)。そこから「道後商店街」を通って「道後温泉本館」へと向かう。残念ながら本館は工事中、その前の小山の上から本館を臨む(左下写真)。以前に道後温泉に来たときは、本館の温泉に入り、上の階の和室広間で寛(くつろ)いたもんだった。でもこの小山の上は「空の散歩道」という足湯(無料)であり、そこから工事中の本館を眺めて寛(くつろ)いた。
「道後温泉」から市電で「警察署前」、そこで下車し歩 いて「松山城ロープウェイ・リフトのりば山麓駅」へ向かい、リフトに乗車(左上写真)。スキーをやらなくなっていたので久しぶりのリフト。乗るのは簡単であるが、スキー無しで降りるのは不安。小刻みに足を動かして下車、OK。そして大きな石垣の横の坂道を登るが天守閣は遠い(右写真:左奥が天守)。やっと天守の前の本丸広場に到着、「よしあきくん」(初代城主:加藤嘉明)が出迎えてくれた(左下写真)。
その先にある小屋でチケットを購入して天守へと向かう。内部には木製の急な階段、苦労しながら上へと登る。そして天守からは山と市街地(左写真)。帰りの本丸広場、ここの樹木は桜の木、季節外れの桜の花、そして松山城である(右写真)。松山城には天守を含めて21もの重要文化財があるそうだ。
帰りはリフトでなく階段を下る(左写真)。以前に訪れた時はリフトを知らず、この坂道を上がって来たのだ。かなり山路を下り、そして「二之丸史跡庭園」にやっと到着。庭園の入口はこの塀の右の方だが、なんとここは「松山城二之丸多聞櫓(やぐら)」であるのだ(右写真)。庭園を見学しホテルまで歩いて戻る。
次の日は「松山駅」から特急「宇和海」で「宇和島駅」へと向かう。とてもたくさんのトンネルを抜け1時間20分で到着。その中でも長かったトンネル、後から調べると「伊予大平駅」と「伊予中山駅」の間にある「犬寄トンネル」6012m、四国最長のトンネルだったのだ。「宇和島駅」の前にはレトロな蒸気機関車が展示されていた(右上写真:後から調べたら、宇和島で最初に走ったコッペル社製機関車の復元だった)
「宇和島駅」から10分ほど歩いて「宇和島城」へと向かう。城への道は急な階段登りであった。階段を登って宇和島城「天守閣」へ(右写真)。天守閣に登り西の方を眺めると海と島が見える(左下写真)。大きな島は「九島」、その島の向こうには「豊予(ほうよ)海峡」があり、その先に大分県(豊後国(大分)と伊予国(愛媛)で豊予)。帰りは登ってきた階段の横の大きな石垣と天守閣を眺めながら下山。「宇和島駅」までの途中にあるラーメン屋さんの「らあ麺」。今回の旅の3回目のラーメン昼食であった。
「宇和島駅」発の特急で45分、「伊予大洲駅」へと向かう。到着直前に遠くの「大洲城」が見えていた。城は駅からチョット離れているのでタクシーで入口まで向かう(左写真)。石垣の横を歩いて正面へ。天守閣から遠くを臨むと(右写真)、下には「肱川(ひじかわ)」、左奥の方が「伊予大洲駅」で正面の橋を渡って城に来た。正面の山は「冨士山」(静岡の富士山と字が違う).
大洲の街には面白い街角がある。古い町並みの路を進んでゆくと「ポコペン横町」という昭和30年代のレトロ空間がある(左上写真)。その頃の看板が沢山、塀の内側に貼られている。その後ろの古い家屋も面白い。そこから5分ほど歩いて行くと「臥龍山荘」(右上写真)。国の重要文化財に指定される数寄屋建築や日本庭園があるらしいが、時間が無かったので外から眺めるのみ。そして大洲まちの駅「あさもや」へ行く途中「おはなはん通り」を通ってゆく(左下写真)。懐かしのNHK朝ドラ「おはなはん」(1966-67年放映)、そのロケが行われた処。おはなはん、「樫山文枝」、現在82歳、元気らしい。
そして、たどり着いた「あさもや」、どうして大洲まちの駅へ出向いたかというと、「伊予大洲駅」へ戻るためのバスを待つためである。「大洲市内循環バス(ぐるりんおおず)」であるが、1時間に1本くらいの循環である。15:07に乗らないと、次は16:17、列車に間に合わない.大丈夫かなあと不安でバスを待っていると、ほぼ時間どうりに現れた可愛いバス(右下写真)。予定の特急「宇和海20号」にて松山に戻る。
最終日、松山から岡山へと向かう途中「観音寺駅」(香川県)で下車し、あるものを眺めることとした。駅から即、タクシーに乗り「展望台」へ。
それがこの風景(左上写真)。拡大すると白砂が彫られている(右上写真)。これが「銭形砂絵」、「寛永通宝」を模した巨大な砂絵なのである。大川橋蔵の時代劇「銭形平次」(1966-1984年放映)をテレビで見たひとは思い出すかも(後期のタイトルバックに使用された)。テレビ撮影のためのものと思っていたが、造られたのは江戸時代なのである。展望台から眺めたのは5分くらい。帰りはウオーキングである。展望台の後ろの方に「琴弾八幡宮」という神社があり、その階段を下ってゆく(左下写真)。この階段は381段あるらしい。そして下の「瀬大鳥居」へと下山(右下写真)。そこから1km、「観音寺駅」に行く途中のラーメン屋さんにて今回旅の最終4回目の「中華そばあっさり」で昼食。そして特急「しおかぜ14号」にて「岡山駅」へ。
ここでチョットしたスリリングな事があった。この四国からの「予讃線」から「新幹線」への「岡山駅」での乗換の時間が4分しかないのである。徹底的に「岡山駅」を調べた。その中である人の「かんたん旅」というHPで貴重な情報を得た。「3号車の出口がエスカレータのりばに近い」「在来線コンコースに上がり左手が新幹線乗り換え口」「直接には見えないが遠くない」「ここまで2分、わき目のも振らず、新大阪行きホームへのエスカレータへと急ぐ」、この指示に従って実践、新幹線に乗ることができた。有り難いアドバイスであった(すぽれじゃのHPもこんなHPとなりたい)。以上で3泊4日の旅は終了、城の登り降りなど、結構疲れたすぽれじゃであった。
新宿 行 2023.11.21.
今回は「新宿」の街歩き。まずバスを2台乗り継いで「秦野駅」。ここからロマンス号「ふじさん2号」で新宿へ。この「ふじさん」というロマンスカーは「御殿場」から「新宿」へと進む珍しい電車。
工事中の「小田急駅」のビルから西口方へと出て、「中央通り」を進んでゆく。そして「ふれあい通り」を進むと大きなビルが現れてくる。そうそれが東京都庁のビルなのである(左写真)。目的はその先の「新宿中央公園」。「緑の橋」の先の入口から「富士見台」にある「旧淀橋浄水場六角堂」へ(中写真)。昔はここから富士山が見えたらしいが、かつては浄水場、この六角堂で場内を眺め休憩したらしい。明治の終わり頃から昭和始めの建物で、浄水場時代の遺構はここだけ。その後「区民の森」を通り、「新宿ナイアガラの滝」へ(右写真)。残念ながら工事中らしく、水の流れはなかった。
公園の奥にある「十二社熊野神社」へと向かう.神社の「東神門」から境内へ(左写真)。そんなに大きな神社ではないが、こんな処に神社があるなんて知らなかった。後から調べると室町時代に造られたという。「拝殿」に向かって二礼二泊一礼(中写真)。面白かったのがこの狛犬(右写真)。説明板によると享保12年(1727年)に奉納された古いモノ。狛犬と台座が一つの石材から掘り出されているらしい。
公園に戻り「眺望の森」へ。ここから巨大なビル群を眺めることができる(左写真)。ここにはテーブルや椅子が置かれており、ゆっくりと景色が楽しめる(中写真)。ここからちょっと階段を降りると「新宿白糸の滝」がある(右写真)。ここは先ほどの「新宿ナイアガラの滝」の裏側、こっちはしっかりと水が流れていた。
公園を出て都庁の下を通って(実は当初は都庁ビル地上202mの展望台へと行く予定だったが、当日は休館日だった、残念)新宿駅の南口の方へと進む。調べておいたルミネビル地下2階のラーメン屋さんに迷いながら行くが、12時前なのに満席、待つ人が7-8人。しょうがなく同じ地下フロアーのお茶漬け屋さんで、奄美大島の鶏飯(けいはん)風の「お茶漬け」を食べたが、これが美味だった。
そして昼食後、「新宿駅の東口」へと進み、「セントラルロード」から「歌舞伎町」へと入って行く(左写真)。そして正面の新宿東宝ビル(昔は新宿コマ劇場だった)の横に「ゴジラ」が迎えてくれた(右写真)。
そして懐かしい「歌舞伎町シネシティ広場」(昔は噴水があった)を通って「東急歌舞伎町タワー」(昔は新宿ミラノ座という映画館)へ(左写真)。エスカレーターでビルの中に入り、2階の奥の方へ進むとまたエスカレーターがある。そのサイドはガラス張りとなっており17階の展望フロアまで眺めを楽しみながら上がってゆける(右写真)。帰りはエレベーターで下へ。ここからも外がしっかりと眺められる。
「東急歌舞伎町タワー」から「大久保病院」、その裏の「大久保公園」へ。大久保病院の奥なんて行ったことはなかった(昔は怖くて)。そこから裏道へと入って進むとへんな建物がある(左写真)。壊れたようなポールには「HOTEL MALTA」と書かれていた。ラブホテルだったのだ。そしてその先には可愛い女の子の写真が一杯の店(右写真)。「ROYAL MELT(すてきな溶け込み)」、「コンカフェ(コンセプトカフェ)」のお店だった。
裏道を進むと神社の正面に出る。「稲荷鬼王(いなりきおう)神社」という名前で,鬼の王という名前の全国で唯一のお宮さんらしい(左写真)。調べてみるとこの神社では節分のとき「福は内、鬼は内」と唱えるらしい。「珠」のようなモノをくわえている子供の狛犬が可愛いモンである(右写真)。
神社から5分ほど歩いて新宿の方に戻ると、新宿とは思えない小径がある。「四季の路」と呼ばれる遊歩道公園である(左写真)。昭和45年に新宿発の路面電車が廃止され、その引き込み線専用軌道敷跡に昭和49年、完成した遊歩道らしい。その途中左手に「新宿ゴールデン街」という小さな飲食店が建ち並ぶ路地がある(右写真)。
ゴールデン街の路地の先にあるのが「花園神社」である。なんと次の日が「酉の市」の前夜祭、その為の提灯(調べたら本年度は950個、1000を超えた時もあったらしい)(左写真)、そして屋台さんの店の準備(右写真)。すごい活気である。
屋台さんが準備をする「前広」の赤い「大鳥居」から外へ出て、「新宿五丁目」で右折、そしてすぐにもう一つの鳥居がある(準備している屋台さんの横に神社の「唐獅子像」があることを後から知った)(左写真)。鳥居の「花園神社」という「神額」を撮ったつもりが下に怪人が写っていた。拡大して見るとトラの仮面をかぶった、ピンク髪、凄い衣装で自転車に乗るひとだった(右写真)。自転車の前の荷台にカセットがあり、軽快な音楽が流れていた。何だこりゃあ。
後からネットで調べてみると「新宿タイガー」という有名人。75歳で新聞配達をしていたらしい。ネットでこの人の動画を見ることもできる。仮面を取ると素顔が見える。なかなか良い人の感じ。是非、御覧下さい。
「新宿タイガー」さんとの出会いの場から「靖国通り」を進み、JR線の下を通り(壁画が綺麗だった:左写真)、そして「小田急ハルク」の地下3階、狙っていた「ミュンヘン」という店へ迷って到着(ビルの中は迷いやすい、本日2回目)(中写真)。狙っていたのは「エビスプレミアム・ブラック」(右写真)。
そして14:40の「ふじさん」で秦野駅、そこからバスを2台乗り継いで16:22に地元のバス停。「新宿行」のミニの旅終了。次回は「渋谷行」の予定。
今回は「原宿」〜「渋谷」の街歩き。まず前回(新宿行)と同じバス乗り継ぎ「秦野駅」。ロマンス号「ふじさん2号」で新宿へ。久しぶりの山の手線で「原宿」。ここからスタートし、庭の優美の美術館、そして〇〇の爆発芸術を辿って渋谷へ。
新しくなった「原宿駅」から出て、「明治神宮」とは逆に「表参道」下ってゆく(左上写真)。途中、壁と上の庭園?の緑がすごいビルと出会う(右上写真)。後から調べると、東急プラザ表参道「ハラカド」。2024年の春に開業するすごい処らしい。その先の歩道には可愛らしいごみ箱(左下写真)。クリスマスを迎えるオブジェ(右下写真)。さすが原宿の街道である。
原宿〜渋谷 行 2023.12.20.
地下鉄「表参道駅」の手前にある変なもの(左写真)。これは「三角噴水」というらしい。その先246号線との交差点にある派手な飾りのビル(右上写真)。飾りと思ったが、これはビルの上、左横、右手中2つに設置された電子看板。そこに映し出された映像であった(突然、映像が動き変わったのでびっくり)。そしてその先、「原宿駅」から1.5km、街道を楽しんだ20分のウオーキングでたどり着いたのが「根津美術館」である(右下写真)。
入口から入ると竹の通路が続いている(左上写真)。右は緑の竹、左は細い竹の壁。その通路の手前には灯籠と「月の石船」が置かれている(右上写真)。美術館の中、エントランス以外は撮影禁止。矢印のある展示室の中にいろいろの物がある(左下写真)。今回の企画展は「縫(ぬい)と織(おり)」。今回の訪問のねらいは美術館の外、庭の散策であった(右下写真)。この滝の名前は「東熊野」、岩から落ちる水を那智滝に見せて名づけたという。
庭の中には「茶室」が4箇所と池がある(左上写真)。いろいろな処へと続いてゆく小径には可愛い石像が置かれていたりする(右上写真)。池に浮かぶ小舟。実はこの小舟の先に「石の井筒」という井戸の石の枠部分があり、そこから地下水がわいているという。そこも一緒に撮ればよかった(左下写真)。また最も奥には「天神の飛梅祠(ひばいし)」がある(右下写真)。これは石造りの渡唐天神像を祀った「祠(ほこら)」である。
「根津美術館」を出て5分ほど歩くと今回のウオーキング最大のテーマ〇〇の爆発芸術との出会いの場に到着。その場の外(左写真)、そして中(右写真)。
さあこの〇〇は誰なのか?
正解「芸術は爆発だ」と言った「岡本太郎」。本人も迎えてくれた(左写真)。ここは「岡本太郎記念館」である。彼がアトリエとして使っていた部屋も入ることが出来る(右写真)。
壁画が展示されている部屋(左写真)もあり、外の庭にはいろいろな作品を間近で鑑賞することができる(右写真)。2階のテラスからは「太陽の塔」の子供が覗いている。
岡本太郎の爆発の結果を十分に楽しんで、その後はネットで調べたラーメン屋さん「だるまや」で昼食。そして大きなビルがそびえ立つ246号線に出て(左写真)渋谷駅へと向かう。その途中で「こども樹」を眺め(右写真)、最終目的地へと向かう。
今回のウオーキング計画の最初のねらいはこの岡本太郎の「明日の神話」なのであった(上写真)。この作品、岡本太郎がメキシコで1968-9年に制作するが不明となり、2003年にメキシコの資材置き場で発見、そして2008年にこの渋谷駅の通路に再生されたという。そして15年、傷みが目立ってきたため大規模な修復、そしてこの間、完成したようである(FMでその話しを聞いた)。高さ5.5m、幅は30mの巨大な作品である。