2025Newsダイジェスト③

長者ヶ﨑 2025.7.1

 

 今回(7.1)のウオーキングはJR「二宮駅」から「大船駅」へ、そこで乗り替え、JR横須賀線で「逗子駅」。2021.11.30の「逗子ウオーキング」と同じルート。前回はそこから「逗子海岸」へと向かい、坂道を登って山の上の公園2箇所、そこからまた分からない道を下って逗子駅へという7.1kmのウオーキング。今回は「逗子駅」からバスに乗って「富士見橋」で下車し、海岸近辺を6kmほど進む「長者ヶ﨑ウオーキング」

 逗子駅からバスに乗って10分「富士見橋」に到着(左上写真)。海岸は直ぐ近くであるが、左手の細い道を進んで「蘆花記念公園」へと進む(右上写真)。公園横の道を進む予定が,山路を少し登ってしまった。坂道を戻り、公園の下の方のから民家の間、よく解らない道を進んで最初の目的「逗子市桜山8丁目の庚申塔」に到着(左下写真)。Googleストリートビューでは確認できず、多分、古い民家の裏側と思った処に存在していた。先ほどの「蘆花記念公園」から移設したらしい。でも、どうしてこんな裏側に・・・。

 「森戸海岸線(207号)」へと入りまず「鐙摺(あぶずり)不整合」を見る(右下写真)。何なのかよく解らないが説明版があった。上の方が「三浦層群(逗子層 田越川砂礫岩部層)、下の左:説明板の処「防空壕跡」、下の右が「葉山層群(鐙摺層)」、上と下の「不整合面」。神奈川県指定の天然記念物である。

 そしてちょっと進むと「鐙摺港」、振り向くと「鐙摺城出城跡」、25mの「旗立山」(左写真)。この「鐙摺(あぶずり)という名称はなかなか読めず難しいが、1177年に「源頼朝」が密かにこの山に登った際、馬の「鐙(あぶみ):騎者の足を踏みかける馬具」が地面に摺(す)れたことからこの名が付いたらしい(相当な急坂、山には登らなかった)。

 その先が「葉山港」、「日本ヨット発祥の地」という石碑が立っている(右写真)。その向かいが「葉山マリーナ」、ヨットがいっぱいある。値段を調べて見ると「陸上バース」で5.8m以下の小さなヨットで初年度¥2139400(年間90万、保証金70万申込み金55万)高いもんです。

 マリーナから 「森戸海岸線(207号)」へと戻り500mほど進んで「諏訪町下海岸」へと入って行く。ちょっと海の先にはテトラポットがいっぱい。(左上写真)。10分ほど進んで「森戸海岸」(右写真)。右のテトラと左の防波堤。海の向こうに島のようなものと何かが見える。望遠で何とか捉えると鳥居であった(左下写真)。後から調べると「菜島」、鳥居は「菜島の鳥居」だった。


 海岸を進んでゆくと先に森のようなものが見えてくる(左上写真)。近づいて手前の「森戸川」を可愛らしい赤い橋で渡る(右上写真)。橋の右手には「ここは古来より神聖なところです。ゴミはもちかえりましょう」という看板、橋の名前は「みそぎ橋」。橋を渡って右へと進むと「森戸神社」(左下写真)。 神社の後ろは岩場のようになっており、その岩場には記念碑が建っていた(右下写真)。碑の下には「太陽の季節に実る 狂った果実たちの先達 石原裕次郎を偲んで」と書かれていた。

 記念碑から「森戸海岸線(207号)」へと戻り、ラーメン屋さんで昼食。そして「真名瀬海岸」から「芝崎海岸」(左上写真)を通って進み2km、「葉山しおさい公園」へ到着。

 この公園は入場料300円、エアコンの効いた「葉山しおさい博物館」(右上写真)、その中には池(左下写真)の見える休憩所ホール」があり、そこで一休み。園内には洒落た滝なんかもあって良い感じであった(右下写真)。

 公園からちょっと先の「しおかぜこみち」を通って海岸へと出る予定だったが間違って進み「葉山御用邸」の入口に来てしまった。警備の警察の人に道を訪ねると「警備交代で海の方に行くので案内しましょう」。なんと親切な警察官の案内で海岸へ。そして「小磯の鼻」に到着。緑が綺麗な丘のような処であるが、その先は岩の塊が続いている(左写真)。先端の方から戻り、赤い「臨御(りんぎょ)橋」を渡って進むが、その先の白い塀のある中はまだ「葉山御用邸」である(右写真)。


 さらに進むと「大浜海岸」、その左手上が「葉山公園」。その公園に上がり先を見ると「長者ヶ﨑海岸」と「長者ヶ﨑」(左写真)。公園から、かつて宿泊した(40年以上前)私学共済の「相洋閣」の前を通り「さざなみこみち」を下って「長者ヶ﨑海岸」(右写真)。この先の「長者ヶ﨑」へ入り込むには時間と気力が足りないので、バス停「長者ヶ﨑」へ。良いタイイングでバスが到着し20分くらいで「逗子駅」。探しておいた昼から営業の居酒屋さんでビール(14:20)。こんな時間であったが飲んでいるお客さんが4組くらい。大変に良い気分であった。


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真鶴半島 2025.8.17

 お盆休みの最終日(8/17)、車で真鶴半島へマゴーイング(Magoing:孫とgoingの造語)。孫を連れて「番場浦海岸」へ、そして「真鶴岬」へ移動。「三ツ石」を眺めて、階段を登り「ケープ真鶴」のある公園へ。そこで事件が起こる

 駐車場(今年春から無料となった。それまでは1000円)から階段をおりて「番場浦海岸」。海岸と言っても砂浜でなく岩場。遠くの半島には「熱海」(左写真)が見える。その逆の方に進むと,正面には「三ツ石」、その左の通路、階段を20分くらいあるいて「真鶴岬」へ。

 岩場で遠くの「三ツ石」を眺めて(左写真)、急な階段を登って(右写真:途中で振り返って撮影)、上の広場へと進む。


 この撮影の後、階段の途中でとんでもないことが起こる。脚がうまく階段の上にいかず、息はハ〜ハ〜。孫達は先に進み、私は休憩をしながら登る。上の公園にやっと登りつくと、孫達は「幸せをつくる真鶴時間ブランコ」ではしゃいでいる。それを眺めながら近くのベンチに座り込むと、目の前がまっ黄色に染まった感じ。ベンチに横になり、息と意識をなんとか整える。「熱中症」状態であった。15分くらい横になり、元の状態に戻った。救急車の世話にならなくで済んだ。怖い「事件!」であった。

 帰りの135号線は大渋滞が予想されたので、真鶴の駅から海岸ではなく山沿いの道(740号線)を通って小田原方面へ。途中、jr東海道線のトンネルの上を通って「石橋山古戦場」へ。ここは1180年、「源頼朝」が挙兵したところ。ここでは「左奈田与一」やその家臣「文三家康」が奮闘したが戦死してしまう。合戦のあと頼朝がここに訪れ、二人の墓の前で落涙したと記されている(吾妻鏡)。


 左写真が「与一塚」、その先に「文三堂」(中写真)。「文三堂」へと登る階段の左右には可愛らしい石像(右写真)。石像には「元治元年」と記されているので江戸時代の末期(新撰組の池田屋事件など)の頃の作品である。


                       

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