大山道ウオ—キング⑧+ 2026.10.27
「羽根尾通りの大山道」その2 追加:宇塔坂-一本松への別の道
大山道ウオ—キング⑧+ 2026.10.27
「羽根尾通りの大山道」その2 追加:宇塔坂-一本松への別の道
道祖神/秋葉神社
殿の窪/中村氏墓
謎の五輪の塔
/北田馬場ノ庭の道祖神
五所宮神社
久所の道祖神/大山道標
坂 日立
大山古道 合流
前回の大山道⑦「羽尾通りの大山道」①、「国府津」から「宇塔坂」、そして今回の大山道⑧で「宇塔坂」から「秦野」を紹介したが、今回の「宇塔坂」一本松峠にもう一つの大山道が合流していた。今回の⑧+1でその大山道を紹介する。
①道祖神/秋葉神社
大山道⑦の最後の方でラーメン屋さんの交差点で右折して、雨の中、道祖神、宇塔坂と進んだが、今回は交差点を左折し、その先の右の細い道を進んでゆく。その入口に「江尻の道祖神」がある(左写真)。この道を進むと「曽我の梅林」の方に続いている。右折すると小高い所に「秋葉神社」がありその手前に「道祖神」はある(右写真)。
②殿の窪/中村氏墓
その先200mほど進むと「殿の窪」と呼ばれる中村氏の居館跡がある(左写真)。建物の遺跡は何も残っていないが解説版(左写真中央に)よれば中村氏の一族は「源頼朝」の「石橋山挙兵」に参戦し、頼朝が鎌倉開府後はこの館に訪れ、宿泊したらしい。この畑の裏の方に中村氏の墓の石碑らしきモノがある(右写真)
③謎の五輪の塔/北田馬場ノ庭の道祖神
300mほど北へ進むと「謎の五輪の塔」(左写真)。この辺りは鎌倉時代から室町時代に激しい戦場であったが、この五輪の塔が誰の供養塔か判明していない。
さらに500m進むと「北田馬場ノ庭の道祖神」がある(右写真)。写真の右の道の突き当たり奥の方に赤いものが見える。それは・・・
④五所八幡宮/久所
150m先のそれは「五所八幡宮」の鳥居であった(左写真)。ここを左折して「藤沢川」を渡り「久所(ぐぞ)」という地区へ入ってゆく(右写真)。写真右上の緑の部分辺りが「宇塔坂」である。
⑤久所の道祖神/大山道標
橋から150mほど進むと左手に「久所の道祖神/大山道標」が現れる(左上写真)。2番目にあるのが「大山道標」(右写真)。上にちょっと崩れた「不動明王」が乗っており、下には「右 金目●● 大山●●」という文字が辛うじて読める。そこから「一本松峠」へと向かう坂道を登ってゆく(写真左下)。写真の右手にかなり急な坂の細道があり、それが大山古道のようであるが、その先が通れない状況のようなので、左手の車道を登ってゆく。
⑥日立システムズの坂
やっと明るい処へ出て(左写真)、先に出口のような処が見えてきた(右写真)。そしてやっと「一本松峠」のミラーのある処へ到着(中写真)。この右手に「宇塔坂」の大山道があり、「従是 左小田原 右いいすみ」と彫られたれた石の標識がある(今回の最初の写真)。今回は4.7km、90分くらいのウオーキングであったが、最後の急な坂道、ひどい道でかなり疲れた大山古道であった。
かなり急な坂道を500mほど進み、「日立システムズ湘南オフィス」という大きな会社の向こうに、さらに急な右手の小道が現れる(左写真)。ハアハアしながら坂を登ってゆくと突当に道があり「不法投棄禁止」と書かれた看板の左手に進む(右写真)。右に進むと先ほどの大山古道の急坂辺りへと繋がるが通行不能。
⑦ひどい道
左折すると、そこはとてもひどい道であった。木が倒れ、樹木の枝やツルが道を塞ぎ、蜘蛛の巣が一杯ある。こんな坂道を枝を潜り、ツルを踏み込みながら登ってゆく(上写真)。
⑧一本松峠 宇塔坂の道と合流