写真を語る9回目、今回も「石仏」。「石仏」とは「石に彫られた仏像」のことであるが、今回は神社や仏閣の「狛犬」、「天狗」、大山道の「不動明王」、遺跡の「埴輪」などを紹介。


「すぽれじゃ」の旅57 写真を語る⑨ 「石仏③ 狛犬」

 旧東海道の「蒲田」辺りの「六郷神社」の狛犬(上左写真)。大田区で一番古い狛犬。1685年(貞享2年)に子どもの安楽を祈って奉納されたモノらしいが、素朴でユーモラスな風貌である。  

 同じく大田区、「大森」辺りの「磐井神社」の「こまちゃん」と呼ばれている狛犬(上右写真)。これはとても怖い顔をしているが、3匹の子犬を連れているのがユニーク。


 次は三重県の「松阪神社」の狛犬(上左写真)。コロナの影響でマスクをしているところが面白い。そして香川県の「金毘羅さん」、上へと登ってゆく急な階段「一の坂」の手前にある狛犬(上右写真)。これは1844年(天保15年)に奉納された備前焼の狛犬で、高さ約5尺(1m50cmくらい)で、備前焼の狛犬のなかでも一、二を争う大きさらしい。このHPの最初の写真も「金比羅さん」の階段の途中にあるもの。それは「こんぴら狗(いぬ)」と呼ばれている。


 次は「大山道」の入口近くによくある「不動明王」の石像。左から旧東海道「羽根尾」(小田原市)から始まる「羽根尾通り大山道」の入口。そこから「秦野」までの途中、中井町の「宇塔坂」に繋がる処。そして一番右が、旧東海道「四ッ谷」(藤沢市)から始まる「田村通り大山道」の入口。


 次は「天狗」の石像。左の写真は、先ほどの最後の「不動明王」、その「田村通り大山道」の入口にある「鳥居」の扁額(へんがく)となった天狗の面、鳥居は1661年(万治4年)に建立されたが、この面は1960年(昭和35年)の鳥居改修の際にかけたらしい。中の写真は「金比羅さん」の一番上(階段1368段)にある「奥社」と言われる「厳魂(いづたま)神社」、その左の崖にある天狗(右:天狗/左:烏(からす)天狗)。右の写真は、小田原の「大雄山最乗寺」、その「奥の院」へと上がる354段の階段の途中にある大天狗と小天狗(写真は大天狗)。


 ここから変わった石像。左は奈良の「新薬師寺」近くにあった埴輪。後から調べると「乳飲み子おんぶ埴輪」というらしい。東京国立博物館にホンモノの埴輪がある。古墳時代・6世紀のもので、栃木県真岡市「鶏塚古墳」から出土したという。それは顔に赤い彩色を施した女性の埴輪で、実は背中に赤ちゃんをおんぶしている。頭にのっているのは帽子ではなくて、壺だそうだ。何故このレプリカがここにあるのかは不明。


 中の写真は沖縄の「シーサー」。「シーサー」とは「獅子」を沖縄語で発音したものと言われている。魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されることが多い。いろいろな「シーサー」があるが、これは沖縄那覇の「首里城」の近くにある「玉陵(たまうどうん)」という琉球王国国王の陵墓で撮影。


 最後(右写真)は「老い呆け(おいぼけ)来ず地蔵」。これは「犬山城」の城下町にある。詩画書作家の「城たいが」の手造りで、二体の像は人間の内面の善と不善を表現し、頭にはちまきを糾い結び「元気長生き、縁結び、安産、賢い子供の成長」を祈願しているという。


 これにて「石仏」シリーズは終了。次回は写真を語る⑩「鳥居」


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