写真を語る13回目、今回から「古街角」。「街角」は街路の曲がり角を意味し「街角の交番」などと言われるが、「街頭(がいとう)」という意味もあり「まちのほとり」でもある。「街」の辺りを歩いていると古そうな建物を見かけることがある。

「すぽれじゃ」の旅61 写真を語る⑬ 「古街角①」

 伊豆の「下田」。伊豆急の「下田駅」から歩いて「下田公園(城山公園)」に向かう途中、駅から500mの処に「なまこ壁の家」がある(上左写真)。下田市内で一番大きな「なまこ壁」で築約200年らしい。

 そこから550m、「下田公園」の入口あたりから「ペリーロード」と呼ばれる小径がある。これは江戸時代末期、アメリカのペリー艦隊が下田に上陸し、約300人の部下を引き連れて「了仙寺」まで行進した400mほどの川沿いの道である。そこには昔ながらの蔵づくりの建物が多く、古き良き趣を残した街角である(上右写真)。この建物は大正時代に造られた古民家で、現在は「草画房」というギャラリー&カフェとなっている。

 福島県の「会津若松」から電車で17分、ラーメンで有名な「喜多方」。「喜多方駅」から「ふれあい通り」を北上し、途中「喜多方ラーメン神社」を見学して1.5km、そこにあるのが「旧甲斐家蔵屋敷」(上左写真)。建立は大正6年、完成までに7年の歳月をかけた豪華の蔵屋敷、「烏城(うじょう)」という別名もある。その道の向かいの建物もかなり古く(上右写真)、100年もタイムスリップした感じの街角。

 愛知県犬山市、木曽川沿いにそびえる国宝「犬山城」、その城下町。「犬山駅」から550m、「本町」という交差点から城に向かって600m、古い「犬山城下町」が続く。レンタルの和服をまとって城へと向かう女性(上左写真)、観光客でごった返す通り(上右写真)。古い家が続く通りと現代的な人たち。趣が異なる感じの街角である。

 千葉県香取市、「北総の小江戸」と呼ばれる水郷の街「佐原(さわら)」。成田線「佐原駅」から線路沿いに東へ500mほど進むと「小野川」に出る。その川の左右が「川岸通り」となっており、伝統的な建造物と風情のある橋が700mほど続いている。この橋は「樋橋(とよはし)」と呼ばれ、元は江戸時代前期に造られた「大樋」である(上左写真)。橋となっても橋の下の「大樋」から水が「小野川」にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てるので「じゃあじゃあ橋」という通称がある。今は観光用に造られ、30分毎に落水させている(写真は落水の時)。橋の向こう側手前は地図造りで有名な「伊能忠敬」の旧宅である。この「小野川」では「小江戸さわら舟めぐり」が行われている。川沿いだけで無く、それと交差する道にも古い建物を見ることができる。上右写真の前方が「小野川」に架かる「忠敬橋」、手前に古い商店が並んでいる。川と橋、そしてその付近、何となく落ち着いた感じがする街角である。

 埼玉県川越市、「小江戸川越」と呼ばれる処。西武新宿線「本川越駅」から650m、JR川越線と東武東上線「川越駅」からだと1.3km、「連雀町」から始まる「中央通り(昭和の街)」、それと平行する「大正浪漫夢通り」、その先の「仲町」から始まる「蔵造りの町並み」、かなり歴史を感じさせる町並みである。「蔵造り」が始まる「仲町」という交差点の先にある「萩野銅鐵店」(上左写真)。2階部分の「行灯(あんどん)」風の商店名看板がユニークである。この店は明治時代創業の老舗金物店。その先の「フカゼン」とカタカナで書かれた商店名看板も面白い(上右写真)。このお店、掛け軸と額縁の製造と販売で創業はなんと1738年(元文3年)、「時 薫るまち」(観光協会のフレーズ)という感じの街角である。

 山口県萩市、萩城下の港町として栄えた「浜崎」。山陰本線「萩駅」から3km、現在は「浜崎伝統的建造物群保存地区」となっている。上左写真の奥は「松本川」の下流、海へ出るところ。現在は「萩浜崎御売市場」となっている。その手前の屋敷は、海で栄えた商家であっただろう。

 この「浜崎」から1.4kmで「萩城下町」へ。上右写真は、その城下町に残る「菊屋家住宅」である。建築は江戸時代の初期、この白い壁は漆喰塗り、中には立派な書院や庭がある。国の重要文化財である。「萩」と言えば「松下村塾」、その塾生だった「高杉晋作」の生家、「木戸孝允」の旧家がここから歩いて2分の処に残っている。「明治維新胎動の地」と呼ばれた「萩」、 歴史が息づく街角であった。


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