「すぽれじゃ」の旅64 写真を語る⑯ 「落書き2」
 

 今回は「落書」その2。旅先で見付けた「らくがき」または「らくしょ」と呼ばれる「落書」、前回はギリシャのアテネ(2005年)であったが、今回はヨーロッパを中心に、撮影時期も昔から近年、色々な「落書」を取り上げたシリーズ第2弾。

 まずはオーストラリアの「ボンダイ」(2004年)。ここは「シドニー」からバスで約30分のビーチ(海水浴場)。2000年のシドニーオリンピックの時の「ビーチバレー」の会場。今、浜辺には「No Ball games」とボールのゲームが禁止されている。そして1907年に「ライフセービングクラブ」が設立されたという古い歴史の場所。そのビーチにある建物の中のトイレ。

 ここはイタリアの「ナポリ」(2008年)。「ローマ」から電車で「ポンペイ」へ、「ポンペイの遺跡」を見学し「ローマ」に帰る途中に寄った「ナポリ」。その街角の落書き。こんな細い道が沢山あり、私が迷って、電車に乗り遅れそうになった処。

 フランスの「パリ」の街角(2014年)。泊まったホテルから地下鉄の駅に向かう道。右手のビルの壁に書かれている。久しぶりに行ってみた、「Googleのストリートビューで」訪問。なんとそのままの状態で落書きが残っていた(下の2枚の写真)。

 チェコ共和国の首都「プラハ」の街角(2015年)。旧市街広場から昔の細い路地に入った処の壁。ここにも「Googleのストリートビュー」で訪問してみたが、落書きがかなり増えていた(同じアングルで写真撮影はできなかった)。

 「プラハ」から鉄道でオーストリアの首都「ウイーン」へ向かう途中の駅「Brno hl.r」。近くのボックスだけで無く、奥の建物の壁にまで落書き(右写真右奥)。この都市「ブルノ」はチェコ共和国第2の都市。

 イタリアの「ローマ」の通り(2008年)。遺跡「コロッセオ(円形競技場)」の近くだったことは覚えて居るが、正確な場所は不明(だって10年以上も前)。そこで「Googleのストリートビュー」で徹底的に道を調査。なんとか見付けた。「オッピオ」という大きな公園の外の道「モンテ・オッピオ通り」だった。落書きも変化しながらも残っていた。10年以上も経つのに消えない、何か複雑な気持ち。


 今回はこれにて終了、次回も「落書3」、ちょっと変わった落書?

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 イタリアの「ミラノ」、有名な「大聖堂」から歩いて15分くらいにある「サン・ロレンツォ大聖堂」の入口にある古代ローマの遺跡大理石の柱、その横を通る電車の横(2013年)。ここにも「Googleのストリートビューで」訪問してみたが、落書きが増え、悲惨な感じとなっていた。