旧東海道五十三次 スペシャル① 一里塚ベスト12
旧東海道五十三次 スペシャル① 一里塚ベスト12
「旧東海道」ウオーキング、終了いたしましたので、旧東海道で思い出に残ったものを紹介します。今回は「一里塚」。
旧東海道に「一里塚」は124あることになっているが、途中の90〜96が「海上七里」(名古屋の「宮宿」から三重の「桑名宿」への海路)となって実際には存在しないものがある。名前があるが不明なもの、石碑や標識だけのものも多く、実際に「塚」と「木」が残っているのは23ほどである。その中からベスト12の「一里塚」を紹介したい。
⬇️第12位 久津部一里塚(静岡県袋井市) ⬇️11位 茅ヶ崎(神奈川県茅ヶ崎市)
⬆️この塚は江戸からちょうど60里、明治時代まで老松が立っていたが、現在はなく、その跡地に「袋井東小学校」の創立100年を記念して復元されたもの(昭和47年)
茅ヶ崎の一里塚(中・右写真)は江戸日本橋から14番目。かつては道の両側に塚はあったが、道路拡張のため逆側の塚は取り除かれてしまったらしい。残された一里塚、の上にある「一里塚」という石碑は、そのまま昔のものを用いているとされる。
️⬇️10位 畑宿(神奈川県箱根町)
箱根の山路に立派な左右の
一里塚があるが,残念ながら
復元されたもの。復元したの
は平成10年(1998年)、直径
約9mの円形に石積を築き小石
を積み上げた塚で迫力あり。
⬇️9位 品濃坂(神奈川県横浜市)
左右の塚が残っているが、右の塚は放置された状態で石碑があるだけ。反対側は回り込んで行かないと見えない塚。その一里塚の前は公園となっており、すべり台などが設置されている。
⬇️第8位 来迎寺一里塚(愛知県知立市)
ここの一里塚は左右の塚が残っている。しかし残念ながら逆側の一里塚は建物の後ろとなっている。南側の綺麗な塚は復元されたもので、北側の建物の後ろの塚が原型のままらしい。
⬇️第7位 和田一里塚(三重県亀山市)
道路の拡張のために片側は消滅、もう一つも工事で失うがその後に復元。ここに訪れたのは日差しのとても強い日で、一里塚木立の後ろの日陰で休むことができた。江戸時代の旅人の気分を味わうことの出来た一里塚であった。
⬇️第6位 阿野一里塚(愛知県豊明市)
街道の両側にある一里塚は珍しく、1936年(昭和11年)に「国指定史跡」に指定されたという。東海道の道幅は広い、狭いところもあるが、この二つの塚の間の距離は20mであり、広い方だったと思われる。
⬇️第5位 大平一里塚(愛知県岡崎市)
この一里塚南側だけが残るが、高さ2.4m、縦7.6m、横8.5mの菱形。1937年(昭和12年)に国の史跡に指定されている。その向かい側に地蔵堂と常夜灯がある(右写真)。
⬇️第4位 岩淵一里塚(静岡県富士市)
ここの旧東海道は県道沿いとなっていて交通量多い。しかし遠くから塚と樹木がよく見える(左写真)。左の方の樹木は虫害のため昭和42年枯れ死。その後二代目を植樹(中写真)。右の方の塚が江戸期からのものと推定されている(右写真)。
⬇️第2位 野村一里塚(三重県亀山市)
そして第2位は亀山宿の先にある、江戸時代初期の姿を留める塚。樹木は樹齢400年の椋(むく)の老木。塚は一般に直径10mとされるが、ここはかなり大きめの塚である
⬇️第1位 錦田一里塚(静岡県三島市)
第1位は、箱根の峠を越え、富士の山、前方の駿河湾を眺めながら下り、三島の宿に入る前に現れる錦田一里塚である。左右一対で塚が残っており、大正11年(1922年)に国指定史跡となった。写真は北塚の方から撮っており、向こう側の樹木が南塚である。塚の間は国道1号線となっており、車が通っている(ちょっと路は低いところ)。
⬇️第3位 笠寺一里塚(愛知県名古屋市)
江戸から88里の処。残念ながら東の塚だけが現存だが、植えられたエノキが大木で、もの凄い迫力。大木の根が塚からはみ出している。