旧東海道 ⑮ 見附宿〜天竜川〜浜松宿

くろん坊さま/松並木

宮之一色一里塚/常夜灯

長森立場/天竜川/六所神社

安間一里塚/松並木/法橋の松

六所神社/子安神社/馬込一里塚

馬込橋/だるま猫/南広場

浜松城/天守閣/浜松城公園

富士見櫓/家康像/浜松宿

 「旧東海道」ウオーキング、前回は9月28日、袋井-見附宿(磐田)9.4km、気温は22°という軽快なウオーキングであった。今回は、静岡の「見附宿(磐田)」から「天竜川」を渡り「天竜川駅」8.4kmである。前回と同様に「小田原駅」で新幹線に乗り換えて1時間「掛川駅」。そこから東海道線で「磐田駅」へ、そこからスタートである。

 

 「富士見櫓(やぐら)」の下の方には若き日の家康公の像(左写真)。そして旧東海道に戻る途中、「浜松市立中央図書館」の片隅に「浜松城出丸跡」の碑(中写真)。交差点「連尺」へと戻り、旧東海道を進み「浜松宿」の石碑(中写真)。そして「本陣跡」の石碑(右写真)。そして「駅南大通り」を通ってJR「浜松駅」南口へ。今回のウオーキング終了。「浜松城」の天守閣、今年の12月20日完了予定らしい。旧東海道ウオーキング、次回以降は「浜松駅」拠点となるので、何時かはリベンジを・・・。

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 「磐田駅」から約1.5km、20分ほど歩くが、旧東海道らしきもの、暫(しばら)くない。そして県道261号と合流した処で「くろん坊さま」と出会う(左写真)。正式には「黒坊大権現」であり、インド人の旅僧が強盗に遭遇し亡くなったので、地元の人が葬った祠らしい。そこから500mほど進んでゆくと松並木が見えてくる(右写真)。やっと旧東海道らしき風景

 そこから250mほど進むと右手に「宮之一色一里塚」(左上写真)。塚が残っており階段で上がれるが,上にあるのは樹木で無く「一里塚の跡」と書かれた石碑だった。さらに進むと左手に「秋葉山常夜燈」が出てくる(右写真)。秋葉山の常夜燈は石の灯籠が多いが、この宮之一色のものは風除けのために周りを板で囲んだもの。屋根の下の方に竜の彫り物があるので「竜燈」とも呼ばれる貴重なモノらしい。建てられたのは1828年(文政11年)。

 一里塚から5分ほど歩いてラーメン屋さん、中華そばで昼食。その先「松並木」が現れ(左下写真),その後「長森立場」の石碑が出てくる。「立場」とは宿場と宿場をつなぐ街道筋の休憩所のこと。この「長森立場」の近くでは「長森かうやく」という膏薬(こうやく)が土産として人気があったらしい。

 この辺りから裏道を通って「天竜川」の河原に出てくる(左上写真)。その先に鉄橋があり、それを渡る事となる。その「天竜川橋」に到着してみると車道のみで歩道は全くなし(右上写真)。隣にもうひとつの橋があった。後から調べると「浜松バイパス」の「新天竜川橋」というもの。立派な歩道がある(左下写真)。さあ、橋を渡るぞ。その時、何気なく、道の後ろの方を振り向くと・・・なんと「富士山」が見えていた(右下写真:奥の山の右)。静岡出身の私、小学生の時、校庭(安東小学校)で遊んでいて、ふと振り返ると「富士山」、そんな感じを思いだした。「大井川」(旧東海道その33 島田-金谷)を渡るとき、天気が良いと「富士山」が見えるという話しを聞いたが、まさかこの「浜松」辺りから見えるとは思わなかった。


 「新天竜川橋」、912mを渡り、向こう岸の河原で記念写真。河原の横の細道、ここに「旧東海道」の標識がある(左写真)。この石垣の奥は「六所神社」。この名前の神社は全国にたくさん有り、神奈川の大磯にもある。ここの神社の辺りは「旧東海道 舟橋 木橋跡」と言われている。江戸時代には橋は無く(江戸防衛のため)この上流の「池田の渡し」の渡船で渡っていたという。「舟橋」とは、明治元年に天皇陛下が渡るための、舟を並べて板を敷いた仮設の橋のこと(2日間だけ架けられた)。その後、木橋となったらしい。そこから800m、15分ほど進むと「明善翁生家」が右手に現れる(右写真)。この「金原明善(めいぜん)」という人は江戸時代の生まれで、明治時代の実業家。天竜川の治水に活躍した人らしい。そこから250mほど進むと「安間一里塚」がある。残念ながら標識だけ、何も残っていない。

 そこから1.6kmくらい、今回の終点「天竜川駅」へと進むが、途中「松並木」が現れてくる(左写真)。その途中に面白い形の松があり(中写真)、その横に「立場」の解説版があった(右上写真)。

 その後、「天竜川駅入口」という交差点があり、そこから旧東海道から離れて駅へと進む。その時、交差点の処に地図板があり、駅の近くにすごい松があると書かれていた。そこへ行ってみた。「法橋の松」(右下写真)。幹周り5m、樹高は12m、樹齢は700年以上。今は折れちゃっているが、かつては枝張りが南北18m、東西12mもあったという。前回の最後、今日のスタート「磐田駅」の「大楠」も高さ17m、樹齢700年であった。駅の近くの大きな樹木、良いもんである。そして「天竜川駅」(一番最初の写真)から「浜松駅」へと進み、新幹線で帰路についた。


 「旧東海道」ウオーキング、前回は9月28日、見附宿(磐田)-天竜川駅8.4km、天竜川を渡るとき「富士山」を見たというウオーキングであった。今回は、天竜川駅から「浜松宿」そして「浜松城」、7.4km+1kmである。前回と同様に「小田原駅」から新幹線に乗り換えて1時間14分で「浜松駅」。そこから東海道線で戻り「天竜川駅」へ、そこからスタートである。

 「天竜川駅」から旧東海道の道まで進むとその交差点にあるのが「六所神社」(左上写真)。ここから旧東海道を進む。松の手前の標識には「浜松市街4km」と書かれている。そこから2.2km、30分ほど進んでゆくと「植松原」と書かれた旧東海道の標識(左下写真)。この左手奥にあるのが「子安神社」(右写真)。浜松には「子安神社」という名前の神社がふたつあるらしい。両社とも祭神は美人として有名な女性の神様らしい。


 「子安」という交差点から152号線を進んでゆく。所々に古い家が残っているが(左写真)、旧東海道という感じはない。約1.3km、 20分ほど進んでゆくと「馬込(向宿)一里塚」に到着するが、あるのは看板のみ(右写真)。江戸日本橋から65里(約260km)の処で、かつては道の両側に塚があったらしいが、明治の初期に取り壊されたという。

 その先の「馬込橋」を渡り(左写真)、1.5km、20分ほど

進んで、お店が沢山ある「アルコモール有楽街」のラーメン

屋さんで昼食。この辺りは、もうJR「浜松駅」の近くである

が、今回はオプションの「浜松城」ウォーキングを行うので、

昼食後お城の方へと進む。店を出てちょっと裏道をゆくと面

白いものを発見(右写真)。これは「だるま猫」、右が「まる吉」左が「たま子」、ここは「出世横町肴町」のちょっと裏側。この辺りに江戸時代は魚河岸があり、多くの料理店でにぎわい、そこにだるまのように太った仲の良い二匹の猫がいたという。その石像に「2礼2拍手1ニャン」でお願いするとご利益があるらしい。


 旧東海道へと戻り「連尺」という交差点へ出る。旧東海道はそこで左折するが、「浜松城」を目指して右折、次の「市役所前」交差点で左折し、お城の「南広場」に到着(左写真)。その広場の端にある「家康公鎧掛松」をまず見学(右写真)。この松は家康が戦から城に帰り、松の木陰で休んだとき鎧(よろい)を脱いでその松に架けたという伝承が残るもの。今から450年前のこと。

 「南広場」を通り抜け、階段を登って城の入口「天守門」へと進む(左写真)。そうして中に入り目に入った「天守閣」。ん〜、何これ?(中写真)。本来はこのような(右上写真)「天守閣」が見えるはずだったのに工事中。取りあえず中へ入り3階へ(右下写真)。この黒い扉から天守閣の外に出て城下町が一望、というはずだったのに・・・。


 「天守閣」からすぐに外へ出る(左上写真)。残念であったが、「浜松城」のもうひとつの楽しみ、「浜松城公園」ウオーキング、まずは「日本庭園」へ(右上写真)。事前に「浜松城公園ミニウオーク」という約30分のコースMapをネットで手に入れていたので、そのコースのウオーキングを実施する。「日本庭園」から坂を登って「石舞台」、そして「せせらぎの池」(左下写真)。中央に見えている橋を渡って、さらに登り「展望広場」、そして「日本庭園」の方に戻り良い感じの橋を渡る(右下写真)。なかなかのウオーキングコースであった。


 「浜松城」へと戻り、「富士見櫓(やぐら)」という処へ行ってみた。何も建物は残っていない。解説版があった(左写真)。へ〜と思い彼方を見ると「富士山」(右写真)。前回、天竜川を渡るとき出会った「富士山」、ここでもまた見れるとは思ってもいなかった。