スポーツまいんど その102

◎昔のすぽると53 駅伝

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1917年(大正6年)4月27日「読売新聞社、京都・東京間駅伝競走を開催」という記事があった。「駅伝」という名称が初めて使用されたもので、23区間であったらしい。もう少し詳しく調べてみた。

 これは「東京遷都50周年記念」として読売新聞社の社会部長が発案し、同社が主催。関西組と関東組に分かれて、京都の「三条大橋」をスタートし(午後2時)東京の「上野不忍池」までの508km、昼夜問わず走り抜けるもの。関東組が勝利するがゴール到着は翌々日の午前11時34分。23区間であるから平均22km、関東組のアンカーは「金栗四三(マラソンの父:NHK「いだてん」の主人公)」であったらしい。三島-箱根間では800mの山登り、コースに橋が無かった木曽川、天竜川など4河川では選手が渡し船に乗ったという。選手らは足袋で走り、夜はたいまつで沿道を照らしたらしい。駅伝でおなじみの「ユニホーム」、「たすき」も初めて登場、関東組が紫、関西組が赤だったという。

 当時の大日本体育協会の副会長が「駅伝」と名づけたという。「駅伝」という言葉は古くからあり「日本書紀」にも記載されている。「駅」とは首都と地方の間の道路に30里(約16km)に置かれた中継所で宿泊施設、馬などを配置、身分の高い人が到着すると次の「駅」まで乗り継ぎの馬を用意する仕組みが有り、それを「駅制と伝馬制」あるいは「駅伝貢進」といった。そこから「駅伝」という名前が付いたのだろう。鎌倉時代から整備された郵便制度「飛脚」なども「伝馬」のなごりであろう。

 この4月27日は「駅伝誕生の日」とされている。「駅伝」は日本で生み出された競技で独自に発展したもの。近年では海外でも行われるようになり「EKIDEN」という名で知られている。今回のオリンピックが行われるフランスの「パリ」。そこでも2013年から「EKIDEN DE PARIS(パリ駅伝)」が行われているらしい。パリ市内の42.195km(マラソンの距離)を6区間(5/10/5/10/7.195km)で走るらしい。

 「襷(たすき)」は古代、神事奉仕の物忌みのしるしとして肩に掛ける紐(ひも)のことで、これも「駅伝」という言葉と同じように「日本書紀」に記載されているらしい。「幼児の着物の袖を背にかけて結びあげる紐」「和服の袖をたくし上げる紐」なども「襷」。「駅伝」「襷」、両方とも「日本書紀」にあったとは、「バトン」の代わりに「たすき」を考えた人は知っていたのであろうか・・・?

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