スポーツまいんど その103

◎昔のすぽると54 室内温水プールのはじまり

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1917年(大正6年)7月9日「時事新報(新聞)東京基督教青年会体育館で室内温泉水泳場開場、日本温水プールの初め」という記事があった。このプール、会員のみ利用可能であり、一般開放されたプールはずっと後、1932年(昭和7年)の阪神甲子園球場のアルプススタンドの下(現在は閉鎖)だったらしい。この日本初温水プールの「東京基督教青年会」とは現在の「東京YMCA」のことであり、「日本初の室内温水プール設立100年」という東京YMCAのHP記事(2017年)があったので、そこの情報を紹介する。

 室内温水プールが最初に建設されたのは、1917年(大正6年)のこと。当初は、体育館のみ建設の予定だったが、日本YMCA体育事業育ての親であるフランクリン・ハーレット・ブラウンが、建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズらに室内温水プールを加えることを提案した。こうして東京YMCA初代体育館の3階建ての建物の中に、温水プール・シャワー・バス・更衣室・各種運動施設などが作られた。当時は東洋一と言われ、画期的な施設として注目を集めた。このプールでは「水府流」や「神伝流」などの古式泳法にかわって、クロールやバックストロークなどの近代泳法が研究された。

 初代体育館にはプールだけでなく、各種体育室やボウリングアレーも設置された。庶民は「兵式体操」で充分と言われていた時代に、ボクシング・フェンシング・器械体操・ウォールハンドボールなど日本では珍しかったスポーツを次々と紹介し、当時の青年たちに楽しい体育活動の場を提供した。

(写真はYMCAの記事から転載:最後に掲載⬇️)

 この記事の出て来たプールに関係ない「兵式体操」を解説しましょう。これは明治の伊藤博文内閣の初代文部大臣「森有礼(もり ありのり)」が学校教育に取り入れたもの。この頃「普通体操」と「兵式体操」の二つが学校で行われていた。大正となり「兵式体操」は「教練」となり軍隊教育の色合いが濃くなるが、それ以前は「身体」と「精神」を育てる体操で、今でも学校で行われるものを生み出していった。それは「遠足」「修学旅行」「運動会」なのである。この事は5年ほど前の「スポーツまいんど40〜43 遠足と運動会①〜④」で解説している。

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