スポーツまいんど その107
◎昔のすぽると58 アサヒスポーツ
スポーツまいんど その107
◎昔のすぽると58 アサヒスポーツ
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1923年(大正12年)3月15日「朝日新聞社《アサヒスポーツ》創刊」という記事があった。これはスポーツ雑誌の創刊であり正確には
「アサヒ スポーツ」、昭和23年1月から「アサヒスポーツ」に改題。
第1号の記事にはこんなものがあった。「極東競技大会近づく(東口真平)」「選手及び観衆に望む(極東大会総務委員長 春日弘)」。この「極東競技大会」はフィリピン、中華民国、日本が主な参加国の競技大会。この年は大阪での第6回大会、ラグビーが日本で初めての国際試合。1934年まで10回開催された競技大会。
「世界の平和祭としてのオリムピツク大会【一】(文学博士 坂口昂)」や「関東の庭球界【一】(福本福太郎)」など連載されるもの。「『フヰルムコーチ』ハードル・レースの要点(渡辺文吉)」や「剣橋大学クルーの練習始め」、よく解らない記事。「フヰルム」は「フィルム」のこと、「剣橋大学」はアメリカの「剣橋(ケンブリッジ)大学」のこと。
この大正時代の「アサヒ スポーツ」の創刊は「スポーツ」という言葉の日本普及のポイントでもあった。英語の「Sport」はラテン語の「deportare」が語源で、イギリスで16世紀頃「disport」から「sport」になったとされている。日本には明治期に入ってくるが、該当する日本語がなく「遊戯」と訳されたりした(「釣り」と訳されたこともあり)。スポーツの種目は「野球」「庭球」などと訳されて一般化したが、「スポーツ」は「遊戯」「運動」と呼ばれていた。「競闘遊戯会」「陸上運動会」という大会や「運動界」といった雑誌、「内在遊戯全書」という本もあった。
大正の時代になるとは「Sport」は日本語読みされ「スポーツ」「スポート」「スポオツ」などの言葉が使われ出した。「スポーツ」という言葉が普及する契機となったのが、この「アサヒ スポーツ」なのであった。つまり「スポーツ」は「スポーツ種目」が日本に入ってきてから40年ほど使われなかった言葉だったのだ。この「遊戯」は現在では、幼稚園や小学校低学年の活動を意味することとなり、スポーツ特性を意味した「遊技」はパチンコなどの娯楽を意味するようになった。右写真が創刊号。
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