スポーツまいんど その109

◎昔のすぽると60 早大軍事研究団事件

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に、前々回のまいんど107で紹介した1923年(大正12年)5月12日「《アサヒスポーツ》創刊」、その2ヶ月後にこんな事件が起こった。東京朝日新聞に「大混亂に陥つた 軍事研究團發會式」という見出しの記事が掲載された。新聞には「學生の中から軍閥反對の叫び 靑柳團長壇上に立往生」「高田博士が滿面朱を注ぎ 彌次學生を叱りつく 反對生の集合決議」という記事と写真のニュースだった(最後の下に新聞の写真あり)。

 これは早稲田大學で起きた軍事教育反対事件、もう少し詳しく見てみよう。第一次世界大戦が終了後,軍縮があり,余剰将校や兵器の活用をかねて教育機関に軍部の足場を築こうとして学校軍国主義化が行われる。それに伴い早稲田大學では、陸軍と関係の深かった「乗馬学生団」を母体として「軍事研究団(団長は新聞の見出しにあった青柳教授)」の発会式が陸軍幹部を招いて早稲田大講堂で行われた。これに反対した「文化同盟」の学生達が激しく反対して発会式を妨害したという.この午後には「早大雄弁会」主催の「軍事研究団撲滅演説会」が校庭で開かれたが、柔道部・相撲部などの運動部員、学内外の反動勢力が殴り込み、多数の負傷者を出したという事件である。

 この「軍事研究」に反対する会には約5000人の学生が集まり「我らは軍国主義に反対し、早稲田を軍閥宣伝の具たらしむることに反対す」という決議を採択したという。しかしながら、それから20年後の1943年(昭和18年)に日本は、20歳以上の文化系学生を学徒途中で徴兵し、学徒出陣をさせた。10月、東京の明治神宮外苑競技場で「出陣学徒壮行会」が開かれ、男子学生25000人が秋雨の降るなかでの行進、それを拍手で見送る女子学生65000人が集まった。

 「軍事研究」に反対する会、それから20年後に「出陣学徒壮行会」、こんな歴史的変貌の悲劇が起こるとは誰も想像しなかったと思われる。

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