スポーツまいんど その11
スポーツまいんど その11
◎スポーツの「ルール」を考える 4
汝、ルールを犯すべからず、べからず・・・
最初の事件(連続フォアボール事件)に戻ろう。本件は次のように解釈される。日本人には「さわやか甲子園」などというイメージを抱くものが多く、それがある種の雰囲気として日本全土にゆきわたっている。いくら作戦とはいえ、甲子園屈指のバッターとの勝負を避けることは「さわやか」でない、それも5回も。敬遠はいけないとルールブックには書かれていないが、連続フォアボールなどは甲子園には馴染まない。よって、雰囲気を壊した罪で非難する。
つまり、甲子園での連続フォアボールは「悪いこと」ではなかったが、多くの日本人にとって「受け入れられない」ことであった。この連続フォアボール事件において「悪いこと」をした者はいない。ルールを犯した犯人はいないのである。それにもかかわらず被害者は数多くいる。バッティングの機会を失った松井選手、名場面を期待してみていた観客、視聴者、そしてその名場面を報道できなかったマスコミ。しかし一番の被害者は、マスコミに非難された高校の選手たち、そして監督さんではないだろうか。
このように、たかがスポーツのルールであるが、考えていくと多くの問題点や課題が見えてくる。まあ、このようなことを考えるのがスポーツ哲学のお仕事であるが。ここで最後にちょっと異なった点からスポーツのルールを観てみよう。これは、私からあなた(貴男・貴女)に向けてのスポーツ哲学的課題でもある。
マクナミー(McNamee, M. J.)というイギリスのスポーツ哲学者がいる。彼はスポーツのルールに対して、おもしろい問いかけをしている。彼によればスポーツのルールは、「○○○をしてはいけない、△△△をしてはいけない」というような禁止事項を中心に構成されているという。彼はそれをモーゼの十戒を例にあげながら説明している、「汝、・・・を犯すべからず」。彼の論点を私なりに解釈してみる。
スポーツのルールは、してはいけない「悪いこと」を規定しているが、「よいこと」に関しては何も語っていない。よって、この「してはいけない」ことをしなければ「悪いこと」ではなくなる。だから、ルール違反すれすれの裏技を使って得点した選手が「私は何も悪いことをしていない、何故なら私はルールを破っていない」という言い訳をすることになる。「悪いこと」とはルールに記された「してはいけない」ことであり、それ以外のことは悪くないという考え。ここには、「ルールは破ってはいけない、それは悪いことになるから、しかしルールを曲げてしまえば悪いことでなくなる」といったようなルールの考え方がみられる。
「・・・犯すべからず」ではなく「○○○をしよう、△△△しようじゃないか」というようなルールはできないものだろうか。「よいこと」を規定したルール。違反をすると罰があるようなルールではなく、その「よいこと」をしたら加点されるようなルール。さあ、そんなルールを考えてみよう。しかしそんなルールは「受け入れられない」のかもしれない。