スポーツまいんど その120
◎昔のすぽると71 「前畑がんばれ」
スポーツまいんど その120
◎昔のすぽると71 「前畑がんばれ」
1936年(昭和11年)「前畑がんばれ」
8月11日、ベルリンから河西三省、「前畑がんばれ」と熱狂的に実況放送、聴取者わく という出来事があった。8月1日からベルリンで第11回オリンピック開催、「前畑秀子」は女子200m平泳ぎに出場、ドイツの「ゲネンゲル」と決勝で争う。「河西三省」とはNHKのアナウンサーである。高齢者にとっては有名なこの「前畑がんばれ」出来事、どのようなものであったのか?
前畑秀子は1914年(大正3年)、和歌山県に生まれる。尋常小学校5年に女子平泳ぎ50mで学童新記録、高等小学校卒業後に家業の豆腐屋を手伝う予定だったが、彼女の水泳の素質に注目していた学校長などが両親を説得して、名古屋の椙山女学校に編入して水泳を続けたらしい。
1932年(昭和7年)のロサンゼルスオリンピックの200m平泳ぎに出場し、0.1秒の差で銀メダル、優勝はできなかった。大会後は家庭の事情もあり(1931年:昭和6年の1月に母、6月に父が脳溢血で亡くなっていた)引退を考えたが、周囲の大きな期待に押されて現役続行を決意(祝賀会で永田東京市長が「なぜ君は金メダルを取らなかったのか。0.1秒差ではないか。無念でたまらない」と涙を流さんばかりに説得したという話がある)。
1936年(昭和11年)ベルリンオリンピック200m平泳ぎに出場。この試合はラジオ中継で実況された。NHKの「河西三省」アナウンサーは、中継開始が午前0時を過ぎたために「スイッチを切らないで下さい」という言葉からアナウンスを始めたという。河西は興奮して途中から「あと25。わずかにリード、わずかにリード。前畑がんばれ、がんばれ前畑」と20回以上叫び、真夜中のラジオ放送を聴いていた日本人を熱狂させたという。この放送はレコード化されているらしい。NHKではドラマ「前畑がんばれ」が1991年に放映された。
「前畑がんばれ」の放送は終盤、「あと2m。あっ、前畑リード、勝った、勝った、・・・前畑勝った、前畑勝った・・・」となったらしい。