スポーツまいんど その13
◎五輪(オリンピック)の謎
スポーツまいんど その13
◎五輪(オリンピック)の謎
オリンピックは「五輪」と表記される。5大陸を意味する5つの輪をデザインした「オリンピックシンボルマーク」がある。これはクーベルタンがデザインしたもので、1914年にIOC設立20周年記念式典で発表され、1920年から公式のマークとなったもの。ここからオリンピックを「五輪」と呼ぶようになったのか?
しかし「五輪(ごりん)」とは仏教(密教)の言葉で、万物を構成するとされる「地・水・火・風・空」を意味する。「五輪塔(ごりんとう)」という供養塔・墓塔があり、下から「地・水・火・風・空」を意味した「方」「球」「三角」「半球」「宝珠形」の石を積み重ねた塔がある。上の写真は、私の家の近所にある「謎の五輪塔」と呼ばれる室町時代(15世紀頃)のもの、誰の供養塔か不明である。この塔が残っている「椿河原(つばきかわら)」という処は中世から近世にたびたび激しい戦場となったそうである。足利尊氏(1352)、北条早雲(1495)などの有名な武将が戦ったと言われている。その戦死者を供養したのが「五輪塔」、それはオリンピックとどんな関係があるのか。
また「五輪」といえば、宮本武蔵の「五輪書(ごりんのしょ)」が有名である。これは二天一流の剣術兵法の基本的伝書で、「地・水・火・風・空」の五巻に分かれている。武蔵がこの著作に「五輪書」という題名を付けたのではないが、五巻のそれぞれに「地・水・火・風・空」の名を付けており、書物としての「五輪塔」と考えることも出来る。この武蔵の「五輪書」は「五輪(オリンピック)」と常に大きな関連をもっている。
実は、「五輪(オリンピック)」という言葉が生まれたのは1936年7月25日、生みの親は読売新聞の川本信正記者。「オリムピック(当時の表記)」は新聞記事の見出しとしては字数が多すぎる。何とか文字数を減らせないかと言われ川本記者が思いついたのが「五輪」。「五輪」は「オリン」と語呂が会うということで採用されたのが始まり。その思いつきは、宮本武蔵の「五輪書」がヒントであったという。この川本記者は戦後にスポーツ評論家、JOC委員として活躍した。
「五輪書」は「オリンピック」参加そのものに関係することがあった。それは宮本武蔵の「五輪書」ではなく、日本オリンピック委員会の「五輪書」。それは「五輪書:日本選手団必携の書」というもので、2004年(アテネ)、2008年(北京)、2012年(ロンドン)のオリンピック参加選手、関係者に配布された(注)。内容は武蔵の兵法ではなく、現地で役立つ医科学情報の書らしい。
このように、仏教の「五輪(ごりん)」や「五輪塔(ごりんとう)」と「五輪(オリンピック)」は何の関係もないが、史上最強の剣客といわれる宮本武蔵の兵法の著作「五輪書」があったから生まれた造語である。史上最強のアスリートを目指す選手には、武蔵は憧れなのかもしれない。ちなみに、宮本武蔵の墓はいくつかあるが、熊本の泰勝寺にある墓は「五輪塔」である。
(注)この「五輪書」配布に関しては資料不足で不明点がある。現在、この「五輪書」は、国立国会図書館に「北京」と「ロンドン」のものがあるが、それ以外は確認できない。「アテネ」に関しては現物は確認できないが、富山県の「スポーツ医・科学的トレーニング情報No.19(2004)」に配布したという記事が載っている。それ以前と2016年リオデジャネイロは不明。何方か、情報があればお教え下さい。