スポーツまいんど その17

◎スポーツする「日本人」再考② 

             練習中は歯を見せるな!

  

 

 「練習中は歯を見せるな」とは、昔よく言われたことである。スポーツの練習は真剣に取り組まなければならない、しかし、どうしてだろう。

 これは、スポーツが植え付けられ、育てられた「日本的な精神と稽古(練習)という土壌」に関係してくる。スポーツが植え付けられた、とはどういうことだろう。例えば野球は、1873年(明治6年)に開成学校のアメリカ人教師が初めて紹介したとされている。これだけでは日本に野球が植え付けられたことにはならない。誰かがその野球というスポーツをするようになる、つまり、野球というスポーツの「技術」を身につけた日本人が出現することによって、初めて植え付けられたことになる(ちなみに、1878年(明治11年)に「新橋アスレチック・クラブ」という野球チームが結成されている)。このように、あるスポーツ「技術」が習得されるようになったとき、新しい文化(スポーツ)の伝播がなされる。

 この「技術」というものは、スポーツ「技術」に限ったことではない。日本では、例えば、舞や踊りなどの「遊芸」、弓術、馬術、剣術、槍術、銃砲術などの「武芸」にみられるように、スポーツと同じように、ある「技術」の習得を目指す「芸道」という世界がある。そこでは「技術」は「わざ」と呼ばれる。そして、スポーツ「技術」は、この「芸道」の影響をうけることになる。

 「芸道」を分けると「動態的な芸道」と「静態的な芸道」に分けることができるそうである。例えば前者は「蹴鞠」「能楽」「武道」などであり、後者は「茶道」や「華(花)道」など。これらの「芸道」は平安時代に起こり、鎌倉、室町、江戸に及んで形成、伝承されたという。そして、このころの日本の宗教ナンバーワン、「仏教」、その中でも「禅思想」の影響が大きいらしい。

 これらの「芸」の道はアマチュアではなく、専門家の道として発達していく。今でも、「日本舞踊」、あるいは「お茶」「お花」などでは、お師匠さんのもとで、稽古することによって免状をもらい、そして、プロとしてやっていくことができる、○○流など。まあ、最近は、花嫁のための教養みたくなってしまっているところがあるが・・・。

 しかし当時は、専門家への道という性格が強かったので、「あそびではない」ということで厳しい修行と真剣さが求められ、「娯楽性」は否定されたという。練習中に「あそんでんじゃない」、「歯をみせるな」というような叱咤激励などは、この娯楽性の否定によるものだろう。このような「芸道」における技術の練習(稽古)の考え方が、日本のスポーツ「技術」の習得においても影響を及ぼしている。

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