スポーツまいんど その20
◎スポーツする「日本人」再考⑤
根性、根性、ど根性
スポーツまいんど その20
◎スポーツする「日本人」再考⑤
根性、根性、ど根性
最近、「根性」ということばをあまり聞かなくなった。「根性」という言葉の意味には、「その人の根本的な性質。こころね。しょうね」、「困難にもくじけない強い性質」があり、「根性魂(こんじょうだま)」、「根性骨(こんじょうぼね)」などという強調語があるという。ここで言う「根性」とは「困難にもくじけない強い性質」という意味。
この「根性」という言葉、1964年の東京オリンピック開催前後の頃、全盛期であった。1964・65年、二年連続の流行語にもなっている(ちなみに、この年の流行語:「マンション」「コンパニオン」「トップレス」「シゴキ」「モーニングショー」「ベ平連」「宇宙遊泳」「明治百年」)。そして、伝説的なスポ根マンガ(スポーツ根性漫画)「巨人の星」(1966年)、「アタックN o.1 」「サインはV」(1968年)が注目を集めた。
この東京オリンピック、それは戦後ニッポンの威信をかけた大イベントであった。前回に話をした、オリンピックのコーチたちへの「東郷平八郎の心事を察せられたい」という小泉信三のメッセージのように、頑張れ、頑張れの声援が送られた。そして、頑張る人、「根性」の人、女子バレーボール監督大松博文と東洋の魔女たちの登場となる。当時の国民の熱狂ぶりは次のように振り返られている。
「(東京オリンピックの)会期中のハイライトは23日夜、駒沢屋内競技場で行われた女子バレーボール決勝戦。この試合で、日本はソ連を相手に3対0で勝利を得て、ベルリン=オリンピックの前畑秀子選手以来の女子の金メダル獲得となった。この夜、日本中の人びとはテレビの前に釘づけになり、道路には人影も車の姿もみられなかったほどである」宮本憲一(1989)、昭和の歴史10 経済大国. 小学館。
「根性」の精神論的言葉元祖の大松、東洋の魔女たちは凄かった。選手たちは夕方から練習を始め、気が付くと外が明るかったという逸話が残っている。大松は「おれについてこい」という著書の中で「生きるとは勝ち抜くこと」と述べている。彼のこの勝利に対する考え方とハードトレーニングは「大松イズム」と呼ばれ、現在のスポーツの世界にまで脈々と受け継がれる。日本の女子バレーボールの世界がハードなのはこの影響・・・である?と思う。
そして大松博文の著書「おれについてこい」、「なせばなる」はベストセラー(1965)となり、その標題「おれについてこい」と「根性」という言葉は流行語となった。この「根性」はスポーツのみならず、会社経営、社員教育、あるいは家庭教育においてまで強調されるようになり、頑張る人、「根性」の人、大松博文は国民的な支持を受けて参議院議員に当選した。
結局、東京オリンピックで日本は16個の金メダルを獲得し、金メダル獲得数においてアメリカ、ソビエトについで世界第3位となった。「スポーツにっぽん」の出現。しかし、お家芸とされた柔道の無差別級でオランダのヘーシンク(この人が後に、カラー柔道着の推進者となる)に破れる事件?に象徴されるような、日本人の体力不足が浮き彫りとなる。そして「体力づくり国民会議」が結成され、小学校でスポーツテストが実施され、体育の授業は体力づくりが中心となる。一生懸命「体力づくり」、頑張って「体力づくり」、歯をくいしばって「体力づくり」、そして生まれたのが多くの「体育嫌い」の子どもたち。