スポーツまいんど その25

◎勝利はよい(好い、良い、善い)②

 

 勝利は「よい」ものであり、スポーツではその価値(動機)を原動力として勝利を追求する。その「よい」には「好い」、「良い」、「善い」の三つのレベルがある(前回のまいんど24)。今回は、このイギリスの研究者ホジキンソン(Hodgkinson, C.)リーダーショップ理論に基づいて、「勝利」を「好い」、「良い」、「善い」と考えるコーチのタイプを分類してみる。

 「勝利は好い」とは、「勝利は私にとって好ましい」という感情的好みのレベルの価値を表す。それを原動力として勝利を追求するコーチは、自己のエゴ、興味、感情によって動機づけられる。「私が好むもの」あるいは「私に快を与えるもの」が価値あるものであり、その関心は常に自己中心的であり、また快楽主義的である。そして「好み」を充足するための手段としての「利益」、「成功」、そして「社会的地位」の獲得を求めていくので「キャリアリスト(出世主義者)」と呼ばれる。このような「キャリヤリストコーチ」は自分勝手の「好み」で進む自己中心的な者である。

 「勝利は良い①」はみんなが「勝利は好いものである」と感じているから「良い」ものであり、追求すべきものであると認識する。このコーチは、自己中心的な快楽、名声と地位の向上を「好い」としたレベルを乗り越えたものといえる。つまり勝利追求は、個人ではなく、「みんな」の同意を根拠とし、他者への関心に基づいた行為である。勝利とは、ただ勝てばよいというものではなく、その勝利の追求が、そして結果としての勝利が、集団および社会に受け入れられなければならないのである。「みんな」がどう考えるかが中心であるから「ポリティシャン(政治家)」と呼ばれる。このような「ポリティシャンコーチ」は「みんな」の意見で左右され、集愚政治(愚かな「みんな」が多数集まっで決める政治)へとスリップする可能性を秘める。

 「勝利は良い②」は「結果によって何らかの利益が得られるが故に、良いものである」と認識される。このコーチは「みんな」ではなく、集団全体への「結果」、「利益」が最大の関心事となる。そしてその種目の専門家としての論理的な分析(コスト−効率の計算)を根拠として行動するから「テクニシャン(技術家)」と呼ばれる。このような「テクニシャンコーチ」は、計算上の「利益」に縛られ、「結果」が手段を正当化するといった危険性を含む。

 「勝利は善い」は、感情や理屈を超えて「善きもの」と信じられた価値となる。それ故このコーチは、自己の欲求、あるいは「みんな」の総意、また集団のコスト−利益の計算を超越して、自らの信念と意志に基づいて行為する。「好ましい」という感情が変容し、それが信念の特性を帯びることによって、それを超越して意志となる。自らが正しいと信じたもの、それが善きものなのであり、それが自らの信念に基づく限り正しいものとなるのである。それ故に「ポエット(詩人:新たなるものを生み出す人)」と呼ばれる。このような「ポエットコーチ」は、フォロアーに対して カリスマ的特性を示すことになる。しかし、彼が「善」であるとした信念と意志が、本当に善なるものかは不明なのである。

 「勝利」は「好い」、「良い」、「善い」ものであり、その価値(動機)を原動力としてコーチは勝利を追求するが、それぞれのタイプに様々な問題点があるのである。

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