スポーツまいんど その39
◎走れなかった日本人
スポーツまいんど その39
◎走れなかった日本人
運動会では幼稚園の頃から「かけっこ」が行われる。「かけっこ」とは「駆け競べ」ということで、走ってどちらが速いか競うことである。小学校では「全力で走ること」、中学校では「速く走ること」が求められている。しかしながら、明治の始めの頃、日本人は走れなかったのである。
1877年(明治10年)の西南戦争(西郷隆盛を盟主として起こった氏族の反乱)において、有名な「田原坂」などの「白兵戦」では、刀を振りかざして突っ込んでくる薩摩兵(武士)、それに対抗する明治政府の官軍(農民兵)は逃げ惑い完敗という事があった。原因は「徴兵令」で集められた農民兵は、集団行動ができない、行進ができない、駆け足ができない、方向変換ができないといった状況だったからと言われている。つまり明治の始めの日本人(人口の大多数は農民)は走れなかったということである。
当時の日本人の姿勢は腰をかがめ、あごを突き出し、両手両足がおりまがった姿であったという。歩くときは「ナンバ」と呼ばれる日本独自の歩行で、右手-右足、左手-左足を同時に前後する方式であった(相撲の鉄砲、阿波踊りなどの動き)。明治時代の古い映像を見ても、現在のように腕を振って歩いてはおらず、腕はあまり動かしていない。例えば現在でも、鍬(くわ)を使って畑を耕すとき、その姿勢は「ナンバ」の動きである。考えて見れば当時、農民は力を必要とする仕事はあっても、走る必要がなかったのである。
それが、西南戦争の官軍(農民兵)の状況の明治政府の反省から、日本人の「からだ」の体系的な改造が行われたのである。初代文部大臣である「森有礼」は隊列運動を中心とした「兵式体操」を強力に推し進め、1885年(明治18年)に「兵式体操」を学校教育に導入するのである。このようにして「体育(当時は体操)」という教科の中で日本人の「からだ」の動きは改造されてゆき、「ナンバ」ができない、それを知らない日本人が大多数となるのである(「体育」の授業で日本人が変化した最大の出来事である)。
「ナルト走り」なるものがある。アメリカ西部のネバダ州にある米空軍の極秘基地「エリア51」(UFOの秘密が隠されていると噂されている基地)、そこに入り込んで「ナルト走り」で宇宙人を探そうというFacebook 上の投稿である。「ナルト走り」すれば弾丸より速く走れる、アメリカで話題の「ナルト走り」のイベントの呼びかけである。この「ナルト走り」とは、日本人の漫画家の作品「NARUTO」の中に出てくる忍者たちの走りであり、数千人以上が集まるイベントが開催され社会現象となっているらしい。この走りは下の写真にあるように腕を振らずに走る「Naruto Run」なのである。作者はこの走り方について何も語っていないらしいが、何か「ナンバ」に基づいた走り方のような気がする。
日本で過去のものとなった「ナンバ」に関連したような「ナルト」の走りがアメリカでイベントとなり、多くの人が楽しんでいる(映像を見るとみんな楽しそうだ)。日本では指導要領 で「速く走る」とされた走り、何故「速く」なのか、「ゆっくり」「楽しく」走るのはダメなのか? 走れなかった日本人の「ナンバ」に戻り、楽しく「ナルト走り」をするなんて授業があっても面白いのでは・・・。