スポーツまいんど その45

◎すぽると思い出②

  バスケットボールのシュートの最初と最後②

                     ・・・写真は最後の方に


 

 私の小学生の頃、雨上がりの運動場でのバスケットボールのシュートとの初めての出会い、今でも思い出すことができる。「かんずー」さんのおかげで始めたバスケットボールは、その後、選手として中学、高校、大学と10年間も親しむことになった。その間にバスケットボールを何本シュートしたか、計算することはできない。その後、コーチとしても中学生、高校生、大学生の男女を指導し、バスケットボールは私の人生の中心でもあった。

 このバスケットボールは1891年、国際YMCAトレーニングスクールの教員「ジェームス・ネイスミス」(写真)が考案して作り出された。当時の国際YMCAにおける冬期の体育館の運動は「体操」が中心で、学生の意欲は低かったという。そこで彼は体育館の中でレクリエーションと競技を含んだ(「すぽれじゃ」みたいだなあ)プログラムの開発を試みた。体育館の中でのアメリカンフットボール、サッカー、ラクロスなどを作り変えてみたが粗暴となり、けが人が続出。そしてゴールをどうするか、が彼の課題となった。

 その時、思いついたのが彼の故郷カナダの遊び「Duck on the Rock」、大きな岩(Rock)の上においた相手の石(Duck:鴨:こぶし2コくらいのサイズ)に自分の石(Duck)を投げ、それを落とすという遊びである。うまく岩の上の「Duck:鴨弧」に当てるためには、弧を描くように空中に高く投げて当てる必要がある。そこで、ゴールを水平で高いところ、とすればシュートのボールは、強力、スピードでなく、優しい、ゆっくりとしたものとなり、粗暴さが無くなると考えたのである。

 最初の試合は1891年12月21日、18人の学生を9人ずつに分け、体育館のバルコニーに桃を入れる籠を取り付け(写真)、サッカーボールを用いて行われた。1時間ほどたって1人の学生がシュートを決め、ゲーム終了。ゴールの高さ3m5cm、桃の籠の内径45cm、現在と同じである。因みにこの試合、18人の中に日本人がいた(「石川源三郎」という留学生である)。当初のゲームではシュートが決まるたびに梯子を用いて籠の中のボールを取り出していた。現在のようなゴール後ろのバックボードは無かった。バックボードができたのは観客が体育館の手すりに取り付けたゴールに後ろから手や足を伸ばしてシュート妨害することを防ぐためらしい。

 私のバスケットボールのシュート最後は、2012年8月31日、場所はバスケットボールが生まれたところ、アメリカ、マサチューセッツ州の「スプリングフィールド」にある「BasketBall Hall of Fame(バスケットボール殿堂)」である。此処にはバスケットボールコートがあり、2階には昔の写真や資料を展示したコーナーが幾つかある。コートの上の方には殿堂入りした選手やコーチの顔写真が飾られている(写真)。

 バスケットボールが発明されてから約120年後、その最初の試合が行われた場所から歩いて30分くらいの処にあるバスケットボール殿堂、そのコート(写真)。私の生まれて初めてのシュートから50年後のシュートをそこで試み、「フワッ」と上へと優しく、ゆっくり上がっていったボールがリングの中へ「パシャッ」。これをもって、私のバスケットボールのシュートを終了とした。これが私のバスケットボールのシュートの最後である。