スポーツまいんど その53

◎昔のすぽると⑤  打毬(だきゅう)

 

 前回、勝敗のない素晴らしい「すぽれじゃ」である「蹴鞠」を取り上げたが、今回は、「蹴鞠」と同様に平安時代から行われていた「打毬(だきゅう)」を取り上げる(一番下に写真あり)。

 「打毬(だきゅう)」は中央アジアに生まれた「すぽると」で、西に伝わっていたものが「ポロ」となり、東に伝わっていたものが、中国で「打毬」となったと言われる。「ポロ」は馬に乗って行う球技の一種で、メンズファッションの「ポロ ラルフローレン」のマーク(馬に乗ってスティックを振り上げている)で思い出すと思う。また「ポロシャツ」という言葉は、この競技者が着る服が元になっているらしい。

 東に伝わった「打毬」は、朝鮮半島を経て、8〜9世紀ころに日本に伝わった。その後、奈良・平安時代に宮中の年中行事となるほどに盛んになったらしい。鎌倉時代以降には衰微していったが、江戸時代に入り八代将軍吉宗が、騎馬戦へのトレーニング武技として奨励し、諸藩において盛んに行われるようになったという。この「打毬」は白と赤の2組(各4〜10騎)が対抗する団体戦で、地上の「毬(たま)」を先端に編みが付いたスティック(毬杖:きゅうじょう)ですくい取ってゴール(毬門:きゅうもん)に投げ入れるという競技である。

 明治以降、日本古来の馬術は西洋馬術に圧倒され、「打毬」も衰退し、現在では青森県八戸市の「長者山新羅神社」と山形県山形市の「豊烈神社」にのみ伝承されているという・・・と思っていたが、なんと「宮内庁」が江戸時代の最盛期における様式の「打毬」を保存し継承しているのである(知らなかった)。「宮内庁」には「車馬課主馬班」があり、そこに、馬車を曳く馬や乗馬用の馬たちを飼育・調教し、騎乗する人たち(国家公務員21名)がいる。その人たちが天皇陛下や皇太子の乗馬の指導に当たるのだが、「打毬」を保存し継承しているのである。

 また「打毬」だけでなく、「母衣引(ほろひき)」という馬術も保存、継承している。この「母衣(ほろ)」とは、戦場で矢を防ぐための武具、マントとして用いられたらしい。その後、江戸時代になって争いがなくなり、様式美を伝える馬術として「母衣」を引くことが行われたという。長さ約10mの絹製の「吹貫き(ふきぬき):鯉のぼりの一番上に付いている吹き流しのようなもの」である「母衣」を背中の上方に付け、それが地面と水平に長くたなびかせる馬術である。

 「宮内庁」のHPには「打毬」と「母衣引」の説明ページがあり、「天皇皇后両陛下傘寿記念 宮内庁伝承の古式馬術」というページには、「天皇皇后両陛下が傘寿をお迎えになったことを記念して,宮内庁が伝承する古式馬術を多くの皆様にご紹介するため,製作したものです。(19分30秒)」というVTRがある。このVTRを見れば(早送りしながら1-2分で十分)、「打毬」と「母衣引」がどんな「すぽると」かわかる。是非、御覧下さい。⬇️ 

https://www.kunaicho.go.jp/culture/bajutsu/koshikibajutsu-mov.html


 昔(15年前)、秩父宮記念スポーツ博物館で撮った

 「毬(たま)」と「毬杖:きゅうじょう」 の写真➡️

 博物館は元国立競技場の下、現在は閉鎖、今後は?