スポーツまいんど その55

◎昔のすぽると⑦  曲鞠(きょくまり)

 

  参考文献「近代体育スポーツ年表」には1841年(天保12年)「浅草寺観世音開帳、菊川国丸、曲鞠を蹴る」という記事がある。この「曲鞠」とは一体、何であるのか。今回はこの、「蹴鞠(けまり)」に似たボールを蹴る「すぽると」である「曲鞠(きょくまり)」のお話。

 「曲鞠」とは辞書で調べると「まりを使う曲芸。曲手鞠(きょくでまり)」と書いてある。「日本芸術文化振興会」のHPでは「大衆芸能」→「寄席」→「太神楽(だいかぐら)」というページに進むと、そこに鞠を使う芸が説明されている。「太神楽」は「舞」「曲芸」「話芸」「鳴り物」の4つの要素から成り立ち、その「曲芸」が「撥(ばち)や鞠(まり)、ナイフなどを投げたり、和傘をおでこや顎に立てたり、金輪(かなわ)や桝(ます)を開いた和傘の上に乗せて回したりする芸」と解説されている。これらは鍛錬によって技を体に覚えさせる芸で、その中でも「一つ鞠の曲芸」は最高難度で「撥(ばち)5年、鞠(まり)5年」と言われたという。つまり「曲鞠」はかなり難しい「曲芸」なのである。

 この「曲芸」が「浅草寺」で行われ、ニュースとなった芸人「菊川国丸」とは一体、どんな人物であっただろうか。当時の彼の芸を紹介する「風流曲手満里(まり) 太夫菊川國丸」という表題の瓦版(かわらばん)があり、そこには「大坂表より風流曲手鞠大夫菊川国丸まかり下り、浅草御境内に於て興行仕り候」」と書かれている。つまり「上方の曲鞠の名人」である彼は、サッカーの「ボールリフティング」のように鞠を蹴りながら様々な芸を見せたのである。その瓦版には曲鞠の絵と芸名が描かれている。乱ぐい渡り、中つり、文字書、はじご登り、八ツ橋、冠付、つまみまり、たすきカけ、ゆび廻し、下りふぢ、八重桜、足袋ぬぎ、負ひまり、扇子留メ、平た蛛、たばこ呑、瀧ながし、花生。/高まり。こんな曲鞠の興行は「大入にて、見物日に五六千宛も入候」「鞠師之給金一日に五両宛」という記録(「滝沢馬琴」の手紙)が残っている。「菊川国丸」はこんなスーパースターだったのである。

(曲鞠の芸の詳細、先の瓦版を知りたい方はこの ⬇ HPを御覧下さい

http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52045924.html

 浅草で評判だった、この菊川国丸の芸の姿を猫に置き換えて描いている戯画がある。描いたのは「歌川国芳」。江戸時代には猫をペットとして可愛がる風習があり、彼は家に十数匹の猫を飼っていた猫愛でる江戸っ子の代表格の一人だったらしい。絵師としての人気も大したもので、「曲鞠」だけでなく、「歌舞伎」「遊郭」を猫の擬人化で描いた作品がある。その頃は「天保の改革」が始まっており、歌舞伎役者や遊女を描くことは幕府によって禁じられていた。それを猫で描いた作品は大衆を喜ばせたという。それだけでなく大きなガイコツ、金太郎の「坂田怪童丸」、もちろん「美人画」など素晴らしい作品を描いた浮世絵師だったのだ。