スポーツまいんど その56

◎昔のすぽると⑧  犬追物(いぬおうもの)

 

  参考文献「近代体育スポーツ年表」には1858年(安政4年)「将軍家定、吹上の庭で犬追物を観覧」という記事がある。次の年も観覧しているという。この「犬追物(いぬおうもの)」とは一体、何であるのか。今回はこの、「犬」に関連する「すぽると」である「犬追物(いぬおうもの)」のお話。

 「犬追物」を調べると、それは「鎌倉時代から始まったとされる日本の弓術の作法・鍛錬法」らしい。つまり、武士の弓術、弓で矢を射る術、現代の「弓道」に関係する。さらに「騎射三物(きしゃみつもの)」の一つであると説明されている。その3つの「騎射:騎馬で行う射術」が「犬追物」、「流鏑馬(やぶさめ)」、「笠懸(かさがけ)」である。つまり、馬に乗って弓を射る三大「すぽると?」のひとつなのである。

 この中で「流鏑馬」は有名な行事として行われている。「距離2町(約218m)の直線馬場に、騎手の進行方向左手に3つの的を用意する。騎手は馬を全力疾走させながら3つの的を連続して射抜く」と説明され、毎年9月の半ば「鎌倉」の「鶴岡八幡宮」で行う「流鏑馬神事」がテレビのニュースで放送されたりする。

 「笠懸(かさがけ)」は名前だけは聞いたことがあったが、内容は分からない。調べてみると「的(まと)の配置に左右、高低、大小と変化を付けた的を馬を疾走させつつ射抜く。流鏑馬より難易度が高く、より実戦的である。格式としては流鏑馬より略式となり、余興的意味合いが強い」と書かれていた。神奈川県三浦市の海岸で「笠懸」が披露されたという古い(2014年)のニュースがネット上で出て来た。「三浦半島」を拠点とした「三浦一族」のお家芸として伝えられてきたらしい。

 しかし「犬追物」は全く知らなかった。調べると、それを行う「馬場」は40間(けん=約73m)四方の平坦な場所。参加する「騎手」は1組12騎で3組、計36人である。それに「検分者(審判)」の2騎、「喚次役(呼び出し)」の2騎が加わり、合計40人によって行われる。そこに投入される「犬」はなんと150匹、所定の時間内に騎手が何匹射たかを争うのである。犬を殺してしまうのか、と思ったが、使う「矢」は「犬射引目(いぬうちひきめ)」という特殊な刃のついていないものを使うという。ただ単に犬に矢を当てればよいというものではなく、打ち方や命中した場所によっていくつもの技があったらしい。この判定のために「検分者」や「喚次役」が必要となったという。文献上では鎌倉時代から始まり、室町時代には武芸の鍛錬として盛んに行われ、「諏訪大社」や「下鴨神社」などでは神事として開催され、見物客で賑わったという。当時は「牛」を追う「牛追物」などもあったらしい。

 最初の、1858年(安政4年)「将軍家定、吹上の庭で犬追物を観覧」の記事ように、明治12年(1879年)「天皇、吹上御苑で犬追物を観覧」(「吹上の庭」=「吹上御苑」)、明治14年(1881年)「天皇、島津忠義別宅で犬追物・相撲をご観覧」という記事が、参考文献「近代体育スポーツ年表」に載っていた。しかし「犬追物」という古き「すぽると」は、広大な場所と大勢の競技者と犬が必要であり、興行にも稽古にも多大な費用を必要としたから、現代では行われていない「騎射三物(きしゃみつもの)」の一つになったと考えられる。