スポーツまいんど その58
◎昔のすぽると⑩ 「手摺」「行飛」「矢倉」
スポーツまいんど その58
◎昔のすぽると⑩ 「手摺」「行飛」「矢倉」
参考文献「近代体育スポーツ年表」には1873年(明治6年)の10月9日、「明治天皇、開成学校で体操を観覧(手摺、行飛、矢倉)」という記事がある。「開成学校」は明治時代の初期に東京府(当時は「都」でなく「府」だった)に設立された文部省直轄の教育機関、現在の「東京大学」の前身機関の一つと見なされている。その元は、江戸幕府が1857年(安政4年)に新設した外国の文献を研究、教育する学校(蕃書調所)であり、1863年(文久3年)に「開成所」と改称したという。そこで、明治天皇が「体操」を御覧になったというニュースであるが、その「手摺」「行飛」「矢倉」が一体何であるか分からない。今回はこの「手摺」「行飛」「矢倉」を取り上げて、それは一体、何であったのかのお話。
まずは「手摺(てすり)」をネットで調べると「橋や階段、屋上やベランダ、壁面、窓、廊下等に取り付けて人の落下を防ぐ」という説明が出てくる。「行飛」は検索しても、その読み方すら分からない。「矢倉(やぐら)」は「城郭に備え付けられた防御施設」「将棋の戦法のひとつ」(矢倉囲い)」と説明される。「手摺 体操」で検索してみた。すると「てすり体操」「手すりエクササイズ」などという言葉が出てくる。「行飛 体操」では「飛距離アップ体操」が出てくる。「矢倉 体操」では「草津市矢倉の体操教室」、「やぐら 体操」ででは組体操の「やぐら」。何となく関係ありそうだが、明治天皇陛下に見せるような体操とは思えない。
ということで徹底的に検索してみると木村吉次先生(「体育史」の研究者)の論文「東京大学前史における体育」を見つけた。その論文には、フランス式の軍隊体操、その体操器械が整備された体操場(戸外)が設置されていたと述べられていた。そして天皇が開成学校の開業式に来られたときに「手摺」「行飛」「矢倉」の三種目が実演されたというのである。そして「手摺」=後に「平行棒」として定着するもの、「矢倉」=「棚」と称されていたもの、「行飛」=「竹飛」と称された棒高跳びではないか、と述べているのである。
しかしまだ分からない。今度は「器械体操」「フランス体操」で検索し、論文を読んでみた。その結果、錦絵「新版器械体操之図」が出て来た。ここには「手摺」「棚」が描かれている。「行飛」は無いが、高跳びのバーである「跳縄」が描かれている。絵を見て「器械体操」を想像してみてもよく解らない。また論文を読んで、「器械体操の運動内容」の論文を発見、次の通りである。
「棚」の特別演習 ①片肱上 ② 後転下③背摺下 ④後跳(倒立から後ろへ) ⑤倒立。
「手摺」の特別演習 ①転回 ②逆上 ③弾道 ④複木倒立 ⑤振出倒立。
今回の明治天皇が御覧になった器械体操「手摺」「行飛」「矢倉」、何となく分かってもらえたかもしれない。でも「行飛」は「ぎょうとび」と読むのか、読み方すら分かっていない。分かる人がおりましたら教えて下さい。
錦絵「新版器械体操之図」➡
上から「手摺」
「棚」
「飛縄」