スポーツまいんど その60

◎昔のすぽると⑫  テニスの始まり

 

  参考文献「近代体育スポーツ年表」には1878年(明治11年)の7月、「横浜市、婦女弄鞠社に山手公園の地を貸与してテニスコートを設置」という記事がある。これはこの年表で「テニス」が登場した初めての記事。どうも日本のテニスの始まりに関連すると思われる。今回はこの「テニスコート設置」Newsを取り上げ、日本のテニスの始まりを調べてみる。

 「山手公園」「テニスコート」でHP検索をしてみると「横浜山手庭球発祥記念館」なるものが、横浜市中区山手町にあることがわかる。早速、「横浜観光情報」HPでその記念館を調べてみると「1874年(明治7年)にイギリスで始まったローンテニスが、1876年(明治9年)に横浜に伝わり、山手公園の中にテニスコートが2面つくられ、ここからテニスが全国に広まりました。テニスの発祥の地を記念して建てられたのが「横浜・山手 テニス発祥記念館」。テニスウェアやラケットの変遷など、テニスの歴史を展示公開しています」と書かれていた。ここが日本のテニス始まりの地と言える。

 「日本テニス協会」のHPも調べてみた。「横浜・山手公園内のテニスコート(現YITC)入り口に、「日本庭球発祥之地」と彫られたローラーの記念碑がある。元デビスカップ(デ杯)の選手であった安部民雄の書になるこの碑は、1878年(明治11年)、横浜外国人居留地の人々が、自分たちのためにクラブとコートをつくった史実にちなんだもので、創設から100年後の1978年(昭53年)に除幕された」と書かれていた。やはりこの山手公園のテニスコートが日本のテニスの始まりの地である。

 しかし、よく見ると「記念館」の方には「1876年(明治9年)に横浜に伝わり」とあるが、「日本テニス協会」の方には「1878年(明11年)」とある。この2年の違いは何だろうか。「ニッポン旅マガジン」という HPに面白いことが書かれていた。それによると「山手公園」はイギリスのスミスという人が日本政府から年403ドルで借り、1870年(明治3年)に開設されたという。そしてこの公園内で1876年(明治9年)に日本で初めてのローンテニスが行われたのである。その後、公園内の一部をテニスコートにしてクラブに貸し出すということとなり、「レディズ・ローン・テニス・アンド・クロッケー・クラブ」(Ladies Lawn Tennis and Croquet Club/横浜婦女弄鞠社=よこはまふじょろうきゅうしゃ)が結成され、年150ドルで用地を借用することで交渉がまとまり、日本初のクレーコート5面とクラブハウスが誕生したという。

 今回のNewsは「日本のテニスの始まり」ではなく「日本で初めてのテニスコート設置」となる。ここでテニスを行ったのはイギリスの有閑階級の人たちだろう。では日本人にはいつ頃テニスが紹介されたのであろうか。「日本テニス協会」のHPには「実は、残念ながら、これがはっきりしていない」と書かれていた。体育教員養成のための「体操伝習所」(開講1879年/明治12年)で米国人教師リーランドが指導したという説があるが、不明。1886年(明治19年)「伝習所」から広がった「東京高等師範学校(現筑波大)」にローンテニス部が設けられたというから、「テニスコート設置」Newsから10年後には日本に広まって行ったと思われる。そして日本では、用具高価のため「ゴムマリ」を使うテニスが広まり「軟式テニス(ソフトテニス)」が盛んとなるのである。


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