スポーツまいんど その76
◎昔のすぽると㉘ びっくり箱/唐人笛/紙風船
スポーツまいんど その76
◎昔のすぽると㉘ びっくり箱/唐人笛/紙風船
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1893年(明治26年)に「びっくり箱・唐人笛・紙風船、流行」という文章がある(これは新聞などの記事ではなく、出所は「近代日本総合年表/岩波書店編」)。つまり明治26年には、びっくり箱・唐人笛・紙風船が流行したということである。しかし、それがどんなものであったのかの解説はない。ちょっと調べてみた。
「びっくり箱」
この「びっくり箱」とは、箱の蓋(ふた)を開くと突然人形などがばね仕掛けで飛び出す玩具であるらしい。 この明治26年頃のものはばね仕掛けでなく、薄紙で七福神や天狗の面を作り、もみ縮めて小さな板に張り付け、下の口から吹いて大きくするという仕掛けだったらしい。特に、下の口を吹くと、 突然30センチメートルほどの福禄寿(ふくろくじゅ)の 長頭(左写真)が出るものが流行したという。 その後改良され、洋布張りの小箱の中に、布製の蛇(へび)や 奇怪な動物類を押し縮めて入れておき、箱の蓋を開けると、ばねの作用で それらが勢いよく飛び出すものが現れたという。(これは日本大百科全書(ニッポニカ)[斎藤良輔]を参照した)
「唐人笛」
この「笛」は、江戸時代後期から飴を売り歩いた行商人「唐人飴売り(とうじんあめうり)」が、唐人と呼ばれた異国人風の格好で、でたらめな異国風の口上を述べ、笛を吹いて客を呼んだことがあり(右写真)、その笛が「唐人笛」であり「チャルメラ」であった。「チャルメラ」とは楽器の名前であるが、ラーメンを思い出した(下写真)。その客寄せとして、チャルメラで鳴らすメロディー(ソラシーラソー ソラシラソラー)、懐かしいものである。
「永井荷風」の「巷(ちまた)の声」という短編作品にこんな部分がある。
支那蕎麦屋の夜陰に吹き鳴す唐人笛には人の心を動す一種の哀音がある。曾て場末の町の昼下りに飴を売るものの吹き歩いたチャルメラの音色にも同じような哀愁があったが、これはいつか聞かれなくなった。按摩の笛の音も色町を除くの外近年は全く絶えたようである。
「チャルメラ」は安土桃山時代に中国から伝わった笛であるが、屋台で使われるようになったのは明治30年代の後半らしい。だからこの明治26年頃の流行がどんなものであったのかは不明である。
「紙風船」
紙風船は明治24年頃登場したと言われている。かたちには現在私たちがよく目にする丸型と、富山の薬売りさんが子供たちへ薬のオマケとして配った角型の2種類がある(下写真)。
配置薬のおまけとして、明治時代から、薬の商品名や製薬会社の企業ロゴを入れて配られていたのが、角型の紙風船。遊び道具が少なかった当時、子どもたちに人気となったという。その富山に「富山スガキ」という印刷企業があるが、この会社、1877年(明治10年)創業、医薬品のパッケージを作っているが、先のオマケの角型の紙風船も作っていたようである。そして現在も新しい絵柄の風船を作っている(下写真)。