スポーツまいんど その78
◎昔のすぽると㉚ 大日本武徳会
スポーツまいんど その78
◎昔のすぽると㉚ 大日本武徳会
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1895年(明治28年)に、「4.17「大日本武徳会」創立、初代総裁に小松宮彰仁、初代会長に京都府知事渡辺千秋が就任」という記事がある。この「武徳」とは一体、何なのであろうか。今回は、1895年(明治28年)から始まり、現在も続いている「大日本武徳会」を見てみよう。
1895年(明治28年)の3.15には平安遷都1100年を記念して平安神宮創建、鎮座式が行われている。またこの年に「日清戦争」勝利となり、日本武術奨励の気運が高まってきたという背景がある。「武徳」とは国民の士気を向上させることを目的としたものであり、「剣道」「柔道」「馬術」「弓道」「銃剣道」「射撃道」の六技道を中心に「薙刀」「合気道」「空手」など、沢山の実践的な古武道が奨励された。この創立から毎年、「武徳祭」と「武術大会」が行われ、それは1941年(昭和16年)まで継続された(翌1942年からは太平洋戦争のため中止)。この「武徳会」は1909年(明治42年)には財団法人化し、会員数は151万人となったという。
1941年(昭和16年)になると「太平洋戦争」が開戦、武道団体は政府の外郭団体として「厚生省」「文部省」「陸軍省」「海軍省」「内務省」の5省共管(共同で管理)となり、「武徳会」も改組され、会長は「東条英機(総理大臣/陸軍大臣)」、会員数224万人と巨大な組織となっていった。このように「武徳会」は戦争翼賛団体の性格を強めてゆくのである。
「大日本武徳会」は、終戦後の1946年(昭和21年)に「連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)」の指令により強制解散処分を受け、1300余名の関係者が公職追放されたという。1953年(昭和28年)に「大日本武徳会」は再び設立され、翌年、財団法人としての設立許可を文部省に申請するが、ここに大きな問題が起こった。(旧)大日本武徳会の事業を継承する「全日本剣道連盟」「全日本柔道連盟」「日本弓道連盟」が共同で反対したのだった。理由は類似団体の設立は武道界を混乱させるというもの。文部省は1年近く審議した結果、設立認可申請を却下したのである。
「大日本武徳会」は現在も「一般社会法人」として存在する。2020年には創立125周年記念、第6回世界武徳祭が「旧武徳殿」行われる予定だった(コロナで延期)。この「旧武徳殿」とは1899年(明治32年)に「(旧)大日本武徳会」によって造営された演武場である。現在は「京都市武道センター」の施設であり、1996年(平成8年)に「旧武徳殿」の名称で国の重要文化財に指定された。「大日本武徳会」は日本文化の伝承に寄与、世界平和と国際親善に貢献を目的として継続しているのである。