スポーツまいんど その80
◎昔のすぽると㉜ キネトスコープ
スポーツまいんど その80
◎昔のすぽると㉜ キネトスコープ
参考文献「近代体育スポーツ年表」に1897年(明治30年)に、「1.29 東京花屋敷、キネトスコープ封切、洋人縄振りの技を演ずるの図、洋人角觝の図、同じく舞踏の図など」という記事がある。この「キネトスコープ」とは何なのであろうか。今回は、1897年(明治30年)頃から始まる日本最初の「キネトスコープ」を紹介する。
この「キネトスコープ」は映画の映写機ではなく、装置の上にある「のぞき穴」から動く画像を見るものである(写真を参照されたし)。まず待合室で順番待ちをし、呼び出されて別の部屋で「のぞき」込んでいたらしい。1月末の後、3月に「上野公園」でも公開されたが、その後の公開記録はないという。どうしてだろうか。
神戸は「キネトスコープ」の初封切りであるが、映画の発祥地ではない。映画はスクリーンに動画を映写することで「シネトマグラフ」といい(1894年フランスで発明)、1897年に京都で試写、これが日本の映画始まりであるが、実際に有料公開したのは大阪の難波「南地演舞場」(2週間の差)。こっちも発祥の地と言っている。どちらにしろ、1人ずつ1〜2分ののぞき込み「キネトスコープ」は映画である「シネトマグラフ」へと変わっていったのだろう。
まず文献の記事の日本語がよく解らない。「洋人」とは「西洋人」のこと。「縄振り」とは調べたが完全に不明。カウボーイの「投げ縄」の技なのかもしれない。「角觝(かくてい)」の「角」はあらそう、「觝」はふれるという意味があり、力比べや相撲をすることを意味している。明治14年(1881年)の「能」を紹介した『団団珍聞』の記事には「演劇(しばゐ)や角觝(すまふ)じゃ有まいし」と「ふりがな」を振ってあった。西洋人の格闘技なのかも。「舞踏」はダンス。これらの「図(動く図:映画)」を見ることができる装置が「キネトスコープ」なのである。
「キネトスコープ」とはギリシャ語の「kineto (運動)」と「scopos (見る)」を組み合わせで初期の映画鑑賞装置のこと1888年にアメリカの「エジソン」が考案し、助手の「ディクソン」が開発したとされる。日本に入ってきたのは1896年、11月に神戸の「神港倶楽部」で初めての一般公開、翌年の正月には大阪市の「南地演舞場」で公開、見物料は10銭か15銭だったらしい。そして翌年の1月末に東京花屋敷の五階楼で公開されたのである。