スポーツまいんど その83

◎昔のすぽると㉟  公園に運動器械を設置

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1902年(明治35年)に、「日本体育会、上野・浅草・芝・坂本・深川の5市内公園に双輪、回転燈、鞦韆(しゅうせん)、固定円木、鉄棒などの運動器械を設置」という記事がある。掲載したのは「東京教育時報」という雑誌である。この最後の「鉄棒」は解るが、他の運動器械は解らない。調べてみた。「双輪」は最後に。

「回転燈」これは「回転塔、回転ブランコ」であり「ブァンダー(vindas)」という体操器械であった。5m位の高さの太い柱の上に金具を取り付け、そこから直径23mm、長さ4m50cmの綱を4本垂らし、長さ90mmの「垂環(とりで)」を網の下端に取り付けた器械だそうである(下に図を掲載)。

   参考資料:木下秀明 体操器械「ブァンダー」の名称の変遷 スポーツ史研究第20号

「鞦韆(しゅうせん)」 これは「秋千」とも言い「鞦」も「韆」もそれぞれ1文字でも「ブランコ」の意味を持つという。しかし古くは中国で宮女が使った遊び道具(性具)を指していたようだ。このブランコで遊んでいるとき、裾から足が見えて艶めかしいイメージがあったらしい。日本で「ブランコ」と呼ばれるようになったのは江戸時代になってかららしい。

「固定円木」 これは地上3〜40cmのところに地面と水平に横たえられて固定されている丸太らしい。「遊動円木」というものもあり、これは鎖(くさり)で地面すれすれに吊り下げられた丸太の遊具である。しかし「遊動円木」では,落ちた子どもが丸太と地面の間に挟まれるという事故が起こったりして、現在は姿を消しつつあるという。

「双輪」 これは「二つの車輪」という意味であり、キャスターの車輪、あるいは「自転車」の意味で使われているようだ。しかし運動器械としてキャスターや自転車を設置するなんて考えられない。体育・スポーツの歴史の研究論文を探しても「双輪」が公園に設置されたという記述はあるが、それがどんな器械だったのかの説明はない。いろいろと探したが、全く解らない、資料が見つからない。仕方なく「双輪」が設置されたという「日比谷公園」をGoogleのストリートビューで訪問してみると「高鉄棒広場」という処があり、奥の方へと進んでみた。そして、なんとそこには「つり輪」があった。「つり輪」は「双:ふたつ」の「輪」で出来ている。「双輪」は「つり輪」の事なのか・・・? しかし「双輪」と「つり輪」で検索しても、そんな説明は全くない。20世紀の始まりに「つり輪」は「双輪」と呼ばれた、すぽれじゃ研究所の仮設である。ご存じの方、教えて下さい。

 それから1週間ほど経ってから「双輪」発見。なんと「札幌市公文書館発行の「公文書館だより」第7号(2019年12月)の「特集〜札幌と運動」というモノ。最初は「札幌スキージャンプ台興亡史」という札幌らしいテーマであったが、その後「『中島公園設計図』に描かれた明治後期の体操器械」というテーマが始まった。そこになんと図入りで「双輪」が紹介されていたのだ。

 「現代では目にしないものとして『双輪』がある」という文章で説明が始まる。図は美満津商店の『體操器械設計圖解』掲載図である(下に図掲載)。2本ずつ4箇所にある支柱の高さ3尺5寸(約106cm)の位置を結ぶ丸い点線があり、ここから下は地中に埋めて固定したと推測されるとしている。つまり「双輪」とは「平行棒を円環にした体操器械」なのであった。

PS:参考文献として「すぽれじゃ」関係のGM先生の研究が載っていた。

松浪 稔 1995 「明治期における小学校体操科の内容に関する研究:第3次小学校令(明治33年)を中心にして」『教育學雑誌』29号 日本大学教育学会.