スポーツまいんど その85

◎昔のすぽると㊲  日本初のゴルフ場

 

 参考文献「近代体育スポーツ年表」に1903年(明治36年)に、「5.24 日本最初の六甲ゴルフ場開場(9ホールズ)。神戸ゴルフ倶楽部開場式」という記事がある。この「神戸ゴルフ倶楽部」は120年も経った今も日本最古のゴルフ場として継続している。今年は創立120周年となる。今回はそのゴルフ場の始まりを紹介(神戸ゴルフ倶楽部のHPなど参照)。

 1868(慶応3)年、神戸が開港した年、1人のイギリス青年が神戸に上陸した。その名はアーサー・ヘスケス・グルーム、21歳。グルームは、神戸元町の善照寺に居を構え、士族の娘と結婚した。彼は貿易商として成功し、趣味が多いスポーツマンであった。荒々しい六甲山の自然が気に入り、1895(明治28)年に山荘を建てた。これが「101」(彼の商館の番号)と呼ばれていた。神戸ゴルフ倶楽部は、山荘「101」での週末の団らんの中から生まれたという。仲間のゴルフの話しにグルームが「ここにコースを造ろうじゃないか」と言い出した。1896(明治29)年の夏、グルームはすでに50歳を過ぎていたが、それまでゴルフの経験はなかったという。

 すぐに土地を借り、グルームは何人かの仲間と、岩を掘り起し、雑草や笹の根を手鎌で刈り取りという全くの人手によるホール造りが1898(明治31)年から始まり、3年の苦労の末、1901(明治34)年の秋に最初の4ホールが完成したという。最初は、仲間うちでプレーするだけであったが、9ホール完成の見込みがついた1903(明治36)年2月27日、神戸商工会議所で「神戸ゴルフ倶楽部」の創立総会が開かれ、1903(明治36)年5月24日、神戸ゴルフ倶楽部の開場式が催されたのである。

 1904(明治37)年には、さらに9ホール拡張され、全長3576ヤード、ボギー78の18ホールのコースが完成。18ホールのティグラウンドやグリーンは、すべて砂を固めて造られて、六甲のサンドグリーンは長い間名物的な存在であった。1905(明治38)年には、日本初の婦人競技が行われ、また1906(明治39)年に初めてのホールインワンが3番ホールで。

 当時、「玉ひろい」と呼ばれていたキャディは、六甲山麓の村の少年たちで、土曜日午後と日曜日にゴルフ場に通ってきた。暇があると棒切れなどでゴルフのまね事をし、時には客のクラブを拝借して練習する者もいて、ゴルフの腕前も上達した者も出てきたという。素晴らしき「すぽれじゃ」の時代であったのだ。













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